「疲れたあ〜‥」

お目当のサポーターも下着も無事買い終えて、私は街中のちょっとお洒落な喫茶店で一息ついていた。路地裏にあるからか人は少なく、けどこのカフェオレもチーズケーキも美味しい。店内もゆったりとしたスムースジャズが流れていて、さっきの人混みとは打って変わって落ち着ける。あーあ。どーせ日向先輩とも会うことはないだろうし、そう考えたらこの馬鹿みたいに頑張った格好が情けなく思えてきた。

「お嬢さん、チーズケーキはどうだったかな?」
「いくらでも食べれそうなくらい美味しかったです!
「そうか、そうか!お、そうだ。よかったら今考案中のマフィンの試作品でも味見してってくれないか?」
「え、いいんですか‥?」
「もちろん。可愛い女の子が1人でこんな所にくるなんて珍しいからね。感想をがあれば尚嬉しいんだが」
「分かりました!」

気の良い、紳士なマスターさんはにこにこと笑うと、冷蔵庫から白いマフィンを取り出した。‥雪みたいですごく綺麗。どうやって作ったのかは知らないけど、ほのかにカスタードの匂い。それに、マフィンなのに冷やしているのか。ありがたくマフィンの乗ったお皿を受け取ると、その白いマフィンを触ってみた。‥うわ、なんかふかふかする‥!

「‥っていうか、こんなお洒落なお店なのに、女の子とか来ないんですか?」
「路地裏だからね、女の子1人だとちょっと気にくいんじゃないかな。その代わりにお忍びでよく芸能人とかモデルさんが来るよ」
「そうなんですか。‥うわ、これすっごい美味しい!」

ふかふか、でもしっとりしていて、もちもちの生地の中からカスタードと苺のジャムのようなクリームのような、不思議な食感が口に広がる。これは絶対にウケる、というか女子はこういうの絶対好きだ。私女子だし。というか、お菓子作りの上手だった友達を思い出すようだ。‥是非、日向先輩とまたここに足を運びたい。甘酸っぱいデートのひととき‥!

「どうかな?名前もまだないんだが」
「白いふかふかマフィン一択!甘くて美味しいし、すっごい柔らかい‥!」
「成る程、白いふかふかマフィンか‥」

ありがとう。そう言いながらメモ帳を開いたマスターは何かを書き込んで唸った。こういうお店、街中じゃなくて家の近くにあったらいいのに。‥そう、考えていた時だった。

「休憩終わったらあと特集の分撮って終わりだから、遅れないでね」
「了解っス!」

カランカラン、とドアが開いた音がして振り向くと、高身長の金髪がお店に入ってくるのが見えた。ちぇっ。折角1人の空間だったのに、残念。口につけようとしたカフェオレはもう底をついていて、お代わりしようかなあ、なんてマスターに声をかけようとした瞬間、私の座っているカウンター席の一番奥に腰をかけて、「マスター、コーヒー、ガムシロ3個‥」という、疲れ果てたような声が店内に響いた。

「やあ涼太君。久しぶりだね」
「久しぶりっス!相変わらず人いないっスね〜」
「涼太君がまたたくさんお金落としてくれるだろう?」
「高校生に集っちゃダメっスよ!」

涼太君?その言葉に首を傾げた。なんか聞いたことがあるぞ。ちらり。顔をそちらに向けた瞬間目が合った。‥黄瀬涼太が何故!!!そして同時に疑問。何故黄瀬涼太も、ヤベッて顔をしているんだ。

「あ、‥‥‥‥あれ?」

そしてまた顔色が変わった。今度は何。ていうかお店出た方がいいかも‥しかしその考えを遂行することはできなかった。

「君、さっきオレのこと無視した子じゃないっスか」
「いや、喋りかけられてないんですけど‥」
「最前列で目が合ったじゃないスか!にこってしたのに無表情でどっか行くからさすがに覚えてるっス」
「マスターさんこの人よく来るんですか?」
「人の話聞いてほしいっス!!」
「はは、少し黙ってて涼太君。こいつは常連だったよ。今は住んでる所が変わったから、さすがに頻繁には来なくなったけどね」

おお、扱いになれている。てかサルみたいに煩いなこの人。ふーん、なんてマスターさんの話に相槌を打ちながら、キューン‥なんて今度は犬みたいにちょっぴりむすくれている黄瀬涼太君を横目で見て笑った。

「‥何笑ってんスか。てか、アンタ誰?」
「ううん、なんかそうしてれば中々可愛い人だなあと思って。やっぱさっきのキラキラスマイルみたいなのって作ってるんだね。モデルってほんと大変だよねえ。心底尊敬するよ」
「はい、?」
「都内の高校通ってる1年の虎侑陽菜子。まあキミ、すぐ忘れるだろうけど一応名乗っとく」
「バカって言いたいんスか!」

見た感じがそうじゃんか。

「それもあるけど」
「けどってなに!? 」
「そこらの女子の名前なんてモデルさんが覚える訳ないでしょ、ってことです。マスターさん、カフェオレお代わりお願いします!」
「なんなんスかその言い方‥」
「フフ、すぐ用意するよ」

それよりこのふかふかマフィンもう一個食べたいなあ。マスターが冷蔵庫を開けている隙を見て、中身をコッソリ覗こうと座ったまま体を前のめりにさせていると、隣でカタンと音がした。‥‥‥‥さっきまで一番奥のカウンターに座ってなかったかキミ。

「‥せめて椅子1個空けて座ってほしいんですけど」
「マスターこれ!オレも食べたいっス!」
「そっちこそ人の話を聞け!!!」

2016.08.19

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