『希望ごめんね、ちょっと仕事抜けられなくなっちゃって。今日帰れなくなりそう』
「分かった、未来の迎えは行っておくね」

ピッ。iPhoneの通話終了ボタンを押して、ぎゃいぎゃいと煩い部室を後にする。キャプテンには挨拶が出来たけど、その他には言えなかった。体育館に何故かモデルの黄瀬涼太が来ているから、その話でもちきりなのだ。ミーハーめ。それよりも私は、お母さんの代わりに妹の未来を幼稚園に迎えに行かなくてはならない。急いで自転車に乗った。

「‥あ」

自転車の鍵を探していると、鞄の中で1番に目に入ったのは、黒子君から奢ってもらったりんごジュースだった。‥勿体無くて飲めなくて、そのまま持ち帰っているわけだけど。黄瀬涼太などに興味はないけど、黒子君が部活しているところは見たかった。‥うん、凄く見たかった。けどしょうがない。帰り際にちらりと体育館を盗み見ると、黒子君と黄瀬涼太が何かを話していて、まさか仲が良かったのか?と驚くばかりである。‥なんか私、黒子君に妙なイケメンフィルターかかってるような‥気のせいだろうか。












「すみません遅くなって。兎佐未来の姉です。迎えに来ました」

近くにいた女の人に声をかけると、ああ!と顔を綻ばせた後に慌ててその場を離れていってしまった。ほとんどの園児は帰ってしまっているのか、賑やかな声は聞こえてこない。随分待たせてしまったかもしれないと思うと、少し申し訳なかった。

「おねーちゃん?おかーさんは?」
「仕事だって。さ、帰ろ?」
「そっか‥」

おや、どうやら私が来たのがあまりお気に召していないようで。何かあったのかと思えば、手に持っていた「おかあさんへ」と書かれた花の折り紙を確認して成る程真っ先に渡したかったのかと理解した。外に出て遊ぶのが好きな未来が、室内で折り紙を折る程につまらない時間を過ごしたのだろう。そして出来上がった花の折り紙が綺麗に出来たから、お母さんにあげようっていう魂胆かな?可愛いから私にもやって。

「ごめんねー未来。今日は未来の好きな物作ってあげるからさ」
「ほんとー?じゃあオムレツー!」
「ソーセージ入れたやつねー」
「それー!」

私の親は俗に言うシングルマザーってやつだ。未来が産まれる前にお父さんとお母さんは離婚している。理由は分からないけど、多分私達子供が知らなくてもいいことなんだと思うから聞いていない。とにかく私は今日未来の為にソーセージ入りのオムレツを作らなければ。

「おねーちゃん」
「んー?」
「きょうテツヤくんこない?」
「グフッ」

荷物を全部自転車のカゴに入れて、さあ帰るよ〜なんて自転車を推し進めていると、未来の顔がこちらに振り向いた。同時に続いた言葉に喉が詰まった。なんで急に黒子君の名前が出てくるんだこの子。そんなにあの日の出来事が楽しかったのだろうか。

「な、なんで‥?」
「わたしテツヤくんすき!」
「そ、そう‥‥どこが‥?」
「ふわってわらってくれるとこー!かわいー」

分からなくもない。でも、私の中の黒子君はカッコイイが9割くらいをしめている。それを未来は知らないということか。‥なんか嬉しいし、得している気分だ。

「おねーちゃんはどこがすきなの?」
「お、‥はあ!?何言ってんの!?」
「だっておねーちゃんテツヤくんとあそんでたときうれしそーだったもん。すきじゃない?ちがうの?」

違うとか、違くないとか、そういうことじゃなくてですね。‥‥ただ、小学校にも通っていない妹にそう言われてしまうと、急に何も言えなくなってしまった。お恥ずかしいばかりだ。歳下に悟られてしまうとは。‥今後の行動には気をつけよう。

2017.03.31

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