「失礼しまー‥‥」
「あれ?ウサギちゃんじゃん。どしたの?」
「‥佐屋ちゃん、トラは?」
「飲み物買いに自販機行ってるー」

ああ、だからいないのか。数学の教科書忘れたってLINEきてたから持ってきたのに。佐屋ちゃんに頼もうっと。私もご飯食べたい。そう考えて抱えていた教科書を差し出すと、佐屋ちゃんは首を傾げた後に「ああ、」と笑っていた。鞄の中身を見て朝から騒いでいたらしい。数学の先生、まだ名前覚えてないけどめっちゃ怖い顔してたし、厳しいで有名って先輩が言ってたからなあ。

「トラに渡しておいてね」
「オッケー」

右手でぐっと親指を立てた佐屋ちゃんに手を振ると、私もご飯を食べに教室へと戻る。その途中、ふと窓から見えた人物に私は思わず二度見した。トラと、眼鏡先輩だった。自販機で隣同士に立って、何かを話している。あれ‥?もしかしてなんかいい感じ‥?眼鏡先輩、あの監督さんとはなんの関係もなかったのだろうか。んでも監督とデキてるっていうのもなんだかなあ‥。いやそういう想像はやめておこう。

「へえー‥」

なんか羨ましい。っていうか、本当にトラの行動力には脱帽する。私には備えられていない力だから、だから私に恋はできないのだろうかと思ったり思わなかったり。ああいう顔を見てしまうと恋をしてみたいと思う。まあ、気になる男の子が‥‥いないわけではないのだけど、それを恋と思うにはまだ私の勉強が足りていないらしい。とは言えトラには絶対に相談したくないけど(なんか癪だから)。

「ご飯食べないんですか?」
「ッヒ!!?」

この人は本当に気配無いのかと疑う程には驚くが、誰かは予想がついている。ドッキドッキと煩い心臓を押さえると、予想通り首を傾げた黒子君が後ろにいた。

「黒子君‥‥どうしたの‥?」
「飲み物が無くなってしまったので、自販機に行こうかと‥あ」
「?」
「先客がいるようですね」

私の視線の先を追って黒子君はそう言った。ありゃ、見られちゃった。でも黒子君、ああ成る程、分かりましたと言いたげである。そういえば前にバレー部でゲームしてた時、トラと眼鏡先輩のこと見てたもんな。トラの気持ち分かっちゃったのかな。分かりやすいもんね。よく見てるなあトラのこと。トラだけじゃないのかもしれないけど、よく見てるなあ‥‥。もやり。あれ?なんだか少し気持ちが騒ついている。

「黒子君って‥‥トラのことよく見てるよね」
「そうですか?特に気にしてはいませんが、人間観察はよくしています」
「あ、そゆこと‥」

ぴたりと止んだ騒つきに今度は私が首を傾げた。なんだったんだ今の変な感じは‥。私の隣ではまだ黒子君がトラと眼鏡先輩を眺めている。トラは顔面だけはいいからな‥でも私はあの残念な性格を知っている分、プラスマイナスゼロなのだ。‥黒子君もやはり、顔が可愛い方が好みなんだろう。そりゃあそうだ。

「‥ウサギ、なんか怒ってます?」
「え、なんも怒る要素なかったことない?」
「そう思うんですけど、ウサギの顔を見たら心配になりました」

なにかあったら言っていいんですよ。ぽんぽん。そう言って然程変わらない身長差で頭を撫でられて、心が急にパステルカラーに染まった。ちょっと何やってんの!女子にそんな簡単に触れるのはチャラ男くらいなんだから気をつけないとダメでしょ!これは私がトラに言ってきた数々の助言だったつもりだった。恋なんてしたことない癖によくこんなこと言えたもんだよ。そんな感じで、物凄いスピードを出して脳が過去の記憶を遡っている。

「‥‥黒子君それ天然?」
「言われたことありませんよ。それより、自販機行きませんか?1人だとなんだか行きにくいので」

行きにくいのは私も同じだよ。トラにからかわれるのが目に見えてるし、黒子君はなんにも思ってなくても私がそうじゃなくなってきてるんだから。ちらりと自販機に視線を向けると、2人はまだ喋っているし楽しそうだし、なんなら邪魔しない方がいいとさえ思っている。それは果たしてトラと眼鏡先輩が上手くいってほしいと少しでも思っているからなのか、‥トラと黒子君を会わせたくないと思っているからなのか。うわあ心狭い、引く。

「いや、私用事ないし、」
「じゃあ僕が何か奢ります。これで用事できましたよね?」

にこりと笑った黒子君に、ぶわわと頭がお花畑。トラも、本当に最初の最初はこんな気持ちだったのかな。恥ずかしくて俯くと、蚊の鳴くような声で「‥‥りんごジュース」としか答えられなかった。多分、黒子君のこと、好きになっちゃってる。実は現在進行形で恋の勉強中ってか。私もうトラのこと怒れないかも。

2017.02.28

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