熱い。布団の中がむわむわして、全部脱いじゃいたいくらいに熱い。早く家に帰った方がいいのは分かっていても、今すぐ帰るのは体調的に無理だ。

「辰巳さん、‥ごめんね、先生ちょっと会議だから出るけど、帰ってくるまではいて。戻って来たらお家まで送るから」
「‥ありがとうございます‥」

願っても無いことだ。こんな状態で帰れる訳がないのは分かっていたから助かった。ほっとしたら、ぐらりと頭が揺れて目を瞑る。‥吐きはしないけど、頭が痛くてくらくらした。

今何時かと時計を見ようと思ったけど、あいにくカーテンは閉まっているし、時計を見る為に動くことはできなかった。‥このまま寝ちゃえばいい。そうしたら、いつの間にか熱も下がってけろりとしてるかもしれないし。もう色々考えることも疲れちゃって目を瞑った。とろん、と頭の中に靄がかかって、眠った時のことなんて、もう覚えていない。













「真ちゃんどこ行くんだよ、保健室?」
「うるさい高尾。ついてくるな」

本当は、電話であんなことを言うつもりなんてなかった。辰巳に好きな人がいようがいまいが、俺には至極どうでもいいことだったはずなのに声を荒げてしまった、そんな昨日の夜。‥そんなことがあった翌日から、辰巳は何が悪かったのか体調を崩し、クラスメイトに保健室まで運ばれてしまった。‥絶対に俺のせいではないけどやはり、気になるものは気になる。

「やっぱ亜樹ちゃんのこと気になんだ?」
「‥そうじゃないのだよ」
「気になんねえのに保健室なんか行かねえだろ」
「高尾」
「真ちゃん、あんまツンツンしてっと後々後悔すんぜ?」

ツンツンってなんだ。別にそんな態度を取ってるつもりはない。‥だけど何処かぐさりときてしまうその言葉に、高尾の頭をばすんと殴りつけた。

辰巳の様子を見ておきたくて、何が悪い。‥心配をして、何が悪いというのだよ。あんなに真っ青な顔を見て心配などしない方がどうかしている。お前はそうじゃないのか?そう聞いてみたら、そんなに焦っては行かねえだろ、死ぬ訳じゃねえんだしと縁起でもないことを言う。風邪で死なれてたまるか。‥風邪なのかどうかは知らないが。

「‥ま、しゃーねえから俺は先に体育館行くわ。先輩にはテキトーに言っておくから、ごゆっくりどうぞ〜」

楽しそうに、保健室と反対方向へ歩いて行く高尾を見送って小さく溜息を吐いた。どうせすぐ俺も体育館に行くからと預けるはずだった鞄は結局自分の肩にかけられたまま。‥取り敢えず、とばかりに目の前に迫った保健室の扉に手をかけて、1つだけ深呼吸をした。何を、らしくもなく緊張しているんだ。扉に手をかけた手が少し震えている。

「‥辰巳?」

‥いない?本人どころか、保健室の担当医まで。ぐるりと見渡して、1つだけカーテンの閉まっているのを確認して近付いた。‥いやまさか、絶対保健室にいる筈なんだ。鞄だってまだ教室にあったから、そこで寝ている、筈。そっと近付いて、音を鳴らさないように開けたカーテンの向こう側には、シャツの胸元が少しはだけたあいつがいた。熱を持ったような頬と、汗ばんだような肌に思わず顔を背けてしまう。‥こいつ馬鹿なのかと本気で思った。

「‥目に、毒なのだよ」

心臓が煩いのも、このまま辰巳を隠したいと思っているのも、触れたいと思っているのも全部分かっている。‥もう、自分の心がどこに向かっているかなんてこと、分かっていないほど子供ではないから。近くに置かれた椅子は誰かが来た証拠かそれとも担当医がきちんと診たという証拠か。そっと座っておでこに手を当ててみると、僅かに身動いで止まる。‥熱い。体も、俺の手も。

自分の気持ちに抗えないような気がした瞬間、生唾が喉を通っていった。触れたいと、本能的にそう思って伸ばした先に柔らかな唇があって、堪らなくなる。‥分かっている。スキャンダルとか、周りの目とか、そういうものを誰よりも気にしているこいつなのだから、これは俺の勝手な意思なんだってことくらいは。熱とか風邪とか、そういうのは絶対にうつらない自信がある。今日は、俺の蟹座の運勢は1位で、なんでも上手くいくだろうってそう言っていた。‥だから。

そっと屈んで、触れた。驚く程に柔らかくて、今までにはない幸福感で、‥そして背徳感だ。今はこのまま寝ていてくれと念じて、もう一度触れる。辰巳も同じ気持ちでいてくれればと、そう願いながら。

2018.06.17

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