「38度9‥‥って、」

信じられない。これ絶対知恵熱だって。昨日の緑間君のせいだ。全部緑間君のせい。

仕事に、学校に、勉強。全部しっかりとこなすのが大変なのは分かっていたからこそ気をつけていたはずの体調管理。なのに、昨日の夜は彼のせいで全く眠れなくて、そして自覚のない疲れが溜まっていたのか知らないけれど、ふと気付いたら朝で、なんだか頭が痛くて寒かった。嘘だ、なんて思う暇もなくぐらりと目の前が揺れて、びたんとベッドから床に顔から落ちたのは数分前。両親共に超仕事人なので、だいたい朝早くから夜遅くまでいない。ということは、もうこの時間に家にいるのは私だけということだ。

取り敢えず今日は学校だけだし、授業あるだけだし。さっさと着替えなきゃ。確か現文も小テストあるって言ってよね‥あれ、今日だっけ?明日だっけ?ああ、もうなんでもいいから早く制服出そう。

なんとかクローゼットから制服を出して、鞄の中の教科書を整理する。何かお腹に入れた方がいいかなと思って1階へ降りる途中に一段踏み外して、危うく怪我をするところだった。

「‥スープ」

何かを分かっていたみたいに、コンロの上の鍋に入った野菜スープ。朝はどんなに忙しくてもちゃんとした物を作っていってくれる母をいつも有難いとは思っていたが、今日ばかりは少し恐ろしいと思った。スープぐらいなら飲めると思っていたらまさかの野菜スープ、しかもご丁寧なことに、消化に優しい小さめに刻んだ野菜がたくさん入っている。これで一旦は乗り切れるかもしれない。そう思いながらぼーっとしていると、気付くと鍋から湯気をいっぱい出していて、慌ててコンロの火を消した。

ちらりと机の上に置いた携帯を見て、溜息を吐く。画面上には、昨日の緑間君との履歴が残っている。‥今日、一体私はどんな顔をして彼に会えばいいんだろうか。悶々と考えながら、ぐつぐつに温め過ぎてしまったスープを口に入れた瞬間、あまりの熱さに舌を火傷した。痛い。













「‥‥で、次は20ページ目の音読をー‥辰巳」

分かってはいたのに、まさかこんなに集中ができないとは思わなかった。朝は野菜スープと市販の薬のおかげで少しは楽だったけど、一限の途中から既にぼんやりとし始めている。先生の声、あんまり聞こえないし、目の前が霞んでいる、ような。まあ別に当たることもそうそうないだろうしなあと思っていたら、斜め前にいる緑間君がこちらを見ていた。

「おーい、辰巳、」

朝、話せなかったな。というより、緑間君はギリギリまで朝練していたらしくて、チャイムと同時に滑り込みセーフだったし、まあ話せる訳ないか。それよりなんでこっち見てるの。そんなにあからさまに振り向いてたら流石にばれるんじゃ、

「‥辰巳さん、辰巳さん」
「え、」
「音読‥当たってるけど」

私の目の前に座る人の声にはっとして、黒板の前で困惑気味の先生の顔を見た。やばい、当たってた?!慌てて先生の方を向くと、こちらをじっと見つめたまま停止している。まずい、何処から読めばいいのか、そもそもどのページなのか。‥ばさばさと教科書とノートが落ちる音が、遠くの方で聞こえてくる。

「お、おい辰巳‥?」
「ちょっ‥顔色凄い悪いじゃん!」
「保健委員、保健室に連れていけるか、」
「私連れて行きます!」

がたんと椅子から立ち上がった音、女の子の声、ざわつく教室。腕と肩を支えられて私も無理矢理立たされたような感触。ふと視界の先に一瞬だけ映った緑間君の顔。‥うわ、見たことないくらい驚いてる。そんな表情もするんだなあ、ちょっと意外だ。初めて見ることができた表情が、なんだかちょっとだけ嬉しい。

「辰巳さん立てる?大丈夫?」
「ん‥」
「って熱!!なんでこんなんで学校来たの!?ビビる!」

耳元で騒がないでほしい。煩くて頭がガンガンする。大丈夫だからと何度も答えると、そのまま廊下へ引きずり出された。保健委員だという女子生徒は、そのままずっと何かを喋り続けている。ああ、もう。支えてくれているのが緑間君だったらよかったのにと思いながら大きく溜息を吐くと、「吐きそう!?」とまた大声。吐きそうとかじゃないんです。しんどいんです。

2018.05.10

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