「緑間君何食べる?」
「なんでもいい。辰巳はどうするんだ」
「サラダロコモコか梅じゃこスパゲティで迷ってる‥」
「じゃあ辰巳はサラダロコモコにしろ」
「はい?」

結局水族館の半分を過ぎても2人には出会うことができなくて、とうとう館内のレストランまで来てしまった。時間が経つのがこんなに早いのなんて久しぶりだなあ。そんなことを考えていたら時計の針はいつの間にか14時手前で、ついでにお腹が空いた音が鳴った。うわ、最悪。片手でお腹を隠してちらりと緑間君を見上げて見れば真顔。せめて笑ってくれないと逆に恥ずかしいんだけど、‥なんて思っていたら、繋いでいた手がぐいと引っ張られたのだ。そうして今に至る。

「ねえ、まだ迷ってたんだけど」
「1つずつ頼めばどっちも食べれるだろう」
「え、まあ、そうなんだけど‥」

それ、緑間君はいいの?まあなんでもいいって言ってたから‥いいのか。どことなくメニューに気を取られていたような緑間君は、サラダロコモコと梅じゃこスパゲティを頼んですっと店員さんにお札を差し出した。‥いやいや、凄く普通に出してたけどお金払わせてるよ私!慌てて鞄から財布を出そうとしたが、手を繋いでいるから片手塞がりでどうにも取りにくい。ごそごそ、ごそごそ。‥手、離していいかな‥。

「なんだ?」
「いやだってお金‥」
「いいのだよ」
「よくない。駄目。よくない!」

むしろ私は稼いでる身だ!ちょこっとだけ声を荒げると、ちらりと店員さんと目が合ってすっと帽子を下げた。やばい。‥だけど気付かれてはいなかったみたいで、軽い会釈の後ににこりと微笑んで終わった。ちゃんと気を付けなきゃ。いやむしろ、今までは絶対気を付けていたのに、‥気の緩みとは恐ろしい。

「お似合いのカップルですねえ」

にこりと微笑んだ店員さんが、ぱっと大きく笑顔になった。銅像みたいにガチンゴチンに硬直した私の隣で1回かちゃりと眼鏡を直した緑間君は、狼狽することなくお釣りを受け取っている。肯定も否定もしないけど、‥それでもしっかり繋がれている手の意味は。それともそんなことを悶々と考えている私がおかしいのか。‥いや、緑間君のこと好き、なんだから。別におかしくないよね?

「辰巳、食べないのか」
「食べます」
「こっちはどのくらい食べる」
「て、適当で‥」

いつ席についたのかの記憶もない。それくらい考えこんでいた私の前で、梅じゃこスパゲティを口にした彼は咀嚼を繰り返している。緑間君に負けたくない。‥最初こそそんな気持ちでしか入学していなかった筈なのに、全く人生は何が起こるか分からないものだ。ああ、ロコモコ全然食べ進まない。味分かんない。

「あいつらがいなくて助かったな」
「‥え、なんで?」
「煩いだろう。高尾や八雲がいたらゆっくり見られなかった」
「ああ、それはそうかもね‥」

あいつらがいなくてよかったのだよ。=私と一緒でよかったのだよ。そういう意味に一瞬捉えてしまったけれどいやそうじゃなかった。当たり前なのに馬鹿みたいに驚いてしまう。勘違いにカッと熱が上がって必死にレタスを貪り食べていると、小さく微笑んだ緑間君の顔が見えて塊のままのレタスを思わず飲み込んだ。

「‥辰巳が一緒だったから楽しかったのだよ」
「うぐっ」
「?」

どうした。お水を差し出して問いかけてくる彼はやっぱり至って普通で、それがとても悔しくて堪らないという、唐突に発揮されてしまうよく分からない負けず嫌い。私も楽しいって一言でも言えればいいのに、レタスを詰まらせたせいか恥ずかしさのせいか何も言えなかった。

「髪の毛、口に入ってるぞ」

するすると伸びた手が、帽子の中から落ちた髪の毛を梳いた。どきんどきん、心臓の音が聞こえる。はた、と気付いた時には、緑間君の親指のテーピングに薄っすらとロコモコのソースが色付いていた。













「あー!ばり楽しかったあー!!」

逸れていた2人ともイルカショーのタイミングで丁度出会えて、無事に鑑賞も終えて閉館時間。八雲さんと高尾君は一体何をしていたのかと思ったが、逆に何をやってたのかなんて聞かれたくもなかったので静かに口を閉じた。どうせキャッキャと騒いでたんだろうなあという想像もつく。

「そっちは楽しく過ごせたん?ん?」

何も聞いてないのにそう話しを振ってくるってことは、もしかして確信的に私と緑間君から離れたんだろうか。‥別にそれに関してはもう怒らないけど、何も答えてやるつもりはない。

「ああ」

‥答えてやるつもりはない、って今思ってたばっかりなのに。緑間君はなんというか‥素直か天然か考えナシなのか。ほら、2人ともむかつくくらいめちゃくちゃニヤニヤしてるじゃん‥もう、緑間君のばか!

2018.02.07

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