「凄い、綺麗」

大きな水槽で優雅に泳ぐ色の綺麗な魚があちこちに見える。前も後ろも、左も右も。アーチ型の水槽の真上はほとんど見る機会がない生体の内側まで観察することができる。‥エイのお腹って顔みたいで可愛い。

「緑間君は身長が高いから細かい所まで見えてそうだね」
「ああ、エイが口みたいなものを動かしているのが見えている」
「そ、それはなんか見なくていいかな‥」
「‥何か口の周りでも動いているのだよ」
「言わなくてもいいよ‥」

だってそれ、多分なんか食べてるんじゃないの‥。自然の摂理だと言えば聞こえはいいし生きる為には仕方のないことだが、生きているものを生きているものが貪り食べる様子はあんまり見たくはない。彼はと言えば上を向いてじいと観察しているようだった。意外にもこういうのを見ることは嫌いではないらしい。まあでも、研究とか実験とかそういう集中してやるようなことが得意そうだもんな。‥あ、眼鏡に魚映った。

私達の先を行く2人組は2人組で、わいわいきゃあきゃあと楽しそうに水族館を楽しんでいるらしい。あのテンションにはついてはいけない、けれど静かに水槽を眺めることができる緑間君とだったら安心して隣を歩くことができそうだ。‥そもそも、こういう状況が私にとって良いか悪いかと言えば後者になるのだろうが、今はそういう風に感じない。いや、‥もう全部言い訳だ。緑間君の隣は無性に暖かい。八雲さんに気付かされたのが悔しいが‥私はいつの間にか緑間君に惹かれていたのだ。

「ウミガメがいるぞ」
「え、っわ、本当だ、」

緑間君が私の足元の先を見て少しだけ驚いたように声を出した。ぴたりと止まってしまったウミガメは、何か食い入るように私達を見ている。なにかあるのかなあとしゃがんでみると、隣同士に並んでしゃがんできた緑間君はガラス越しに手を伸ばした。そういうこと、するんだ。可愛いとこある‥と思いきや、その手に吃驚したらしいウミガメはさっさと上へ泳いで行ってしまった。

「‥なんなのだよ」
「緑間君、手が大きいから驚いたんだよ」
「バカ言え、ウミガメより小さい」
「それは当たり前だと思うけど‥ほら、私と比べたら一目瞭然じゃない」

ぱーに開いた掌を顔の前で振ると、じいと見つめた後にゆっくりと私の掌をぎゅうと取った緑間君は、ぴたりと自分の掌を合わせて、ふと馬鹿みたいに優しく笑った。

「‥小さすぎるのだよ」
「ち、がうよ、緑間君が規格外、なんだよ‥」
「すぐ折れてしまいそうだな」
「折らないでよね、こわ‥」
「‥そんなことするはずないだろう」

まあそりゃそうだろうなと頭のどこか隅で冷静に考えていたが、心臓はどうにもばくばくと煩くてたまらない。口から心臓が飛び出そうなくらいなのに、至って平常を装う為に必死に言葉を探してみる。‥声を出した瞬間に変なことでも口走ってしまいそうだ。じわりと変な汗が噴き出す前に慌てて掌を引っ込めて、誰かに見られていないだろうかと周りの様子を伺った。そうしてこそりと緑間君の顔を見上げると、掌がぴたりと触れたことなんか全く気にしていないのか、きょろきょろと誰かを探している始末。

「‥高尾と八雲はどこまで行ったんだ」
「え、‥あっ」

ほんの少しだけむすりとしたが、緑間君にそう言われて気付いた時にはいつの間にか2人の姿は消えていた。まさかもうイルカショーでも見に行ったのだろうか。時計はお昼を差していて、もしかしたらお腹が空いたから食欲に負けてどこかのレストランにさっさと行ってしまったのかもしれない。なんて自分勝手な。‥そんなことでも考えていないと、2人きりだという事実に頭が沸騰してしまいそうだった。

「‥探すか?」

え。‥探すか?いやいやなんで疑問系?ちらりとこちらを見ている緑間君は気まずそうにそう口にした。探したくないのかな。まあ別に、どっちでも。‥むしろこのままでも。そんな私の言いたいことをなんとなく察したかのように「そのうち見つかるだろう」と呆れたように彼は溜息を吐いた。‥いいの?そんなのいいの?ゆっくりと立ち上がった緑間君は、同じく立ち上がろうとした私の手を当たり前のように取る。‥まるで王子様みたい、とか思っちゃうんだもん。‥どうやら私はとっくの昔に重症だった。

2018.01.31

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