「ねえ、まだ走れるでしょ?まだこっちは走り足りないんだけど」

肺が痛い、痛い、足が震えてる。久しぶりに地面を睨みつけながらそんなことを考えていた。呼ばれた先にいた、3年生の仲良し6人組とも言えるようなグループにどうやら目をつけられていたらしいことを知るや否や、突然の「ちょっと勝負しない?」という笑顔。なんだか誰かを思い出すなあと呑気にぼんやりしていたが、‥こんな現状考えていなかった。

私を電話で呼んだ1年生の同期は、私が来ると逃げるようにその場からいなくなっていた。その後、全力の300m走を人数×3。‥というかもうすぐ4周目を迎えそうなところ。そっちは交代で走っているからある程度休憩できるが、こっちは1人。休憩なんてあるわけがない。‥そしてそれをこの人達は全てを分かった上で面白可笑しくやっているのだ。

「もうちょっと頑張れるでしょ〜?早く立ちなって」
「やめ、‥待、って、くださいよ、」
「はあ?練習付き合ってあげてんじゃん、先輩の好意を無駄にしないでよ。ほらもう1本」

待って、ほんとこの人達鬼なんだけど。声が出きってないの分かんないの!?無理矢理立たせられて手を離された瞬間、地面に落ちた膝はぷるぷると震えていた。まるで立ち上がる練習をする赤ちゃんみたいで笑えるが、今は笑えない。ひゅう、と息を吸う音が気持ち悪くて思わず喉を抑えていると、後ろで1人、先輩が笑う声がした。

「やっぱ1年は1年だわ、これくらいでへこたれるなんてどうせそんなもんだったんでしょ」
「うちらこのくらい普通に走ってたし」
「え〜?マジ〜?記憶ないわ〜」
「やだー、少し盛ってた?」

部活如きでこんなにムカつくことは初めてだった。なんなの、頭おかしいんじゃないの!?ぎろりと睨み返してみたが、この人達には生意気としかとられなかったらしい。ばしりと頭を叩かれて、目の前がふらりと揺れた。

「っ‥い、」

いっそのことそのまま倒れたふりでもしてやろうか。‥そう思ったけど、それだとまるでただ負けた気がして嫌だった。どうやったらこの人達の顔を歪ませてやれるだろうかと考える。だけど何も良い考えなんて浮かぶ筈がなくて、気が緩んだ瞬間地面に顔が近付いた。‥あ、やばい。

「‥‥‥オイ」

ぴた。鼻が少し地面と触れた所で身体の動きが停止した。というよりは、停止させられたと言っていいだろう。鼻血は免れたなあなんてほっとしていると、頭上からこれでもかという低い唸り声みたいなものが聞こえたのだ。あれ、この声って誰だったっけ?と思っていたのも束の間、先輩達がいる方角から震えた声が耳につく。

「え、‥なに、よ‥」

お腹の辺りを黒い腕がぐっと支えているのが見えた。どうやらそのおかげで地面と顔が激突せずに済んだらしい。‥あれ、黒い腕?‥‥まさか。慌ててばっと顔を上げると、額に何個も青筋を立てた青峰が先輩達を睨んでいたのだ。

「誰?‥知り合い‥?」
「知らないよ‥未藤の知り合いなんじゃ、」
「あ、青峰、‥なにやって、」
「‥‥ブン殴られたくなかったら失せろ」
「は、はあ‥?別に、私達は未藤の為に、」
「3秒、‥2、」

ヒッ!!そんな引き攣り音を出して、ザアッと青ざめていく顔。ぽかんとしているとバタバタと目の前から嫌なものがなくなっていく。いつから見てたんだ、こいつ。はあーとバカみたいな顔をして溜息をついて、そうして私の頬っぺたを片手でぶにゅりと掴み上げた。

「っぶ!?!」
「桜‥膝笑ってね?」
「何本も全力で走らされて、こっちはくったくたなの、そりゃ笑うでしょ‥!!」
「まーあんだけ走ればな」

浮かんだクエスチョンマークはその後に聞かされた青峰の行動で晴れた。偶々運動場を見ると、何度も走らされる私の姿を見つけたらしい。何本走っても私の交代がないのを見て不審に思ったらしい彼は、興味本位で近付いてきたそうだ。‥興味本位ってなんだ、心配しろ心配。

「っ、は、」
「膝笑いっぱなしだろ、動くなよ、動いたらそのまま地面に落とすからな」
「いやいや!こんなの無理!!ちょっと!?」

膝裏と背中に腕を滑り込ませて、軽々と持ち上げられた身体。まあ重いとか言われなくてよかった‥とかそうじゃない、こんな所でお姫様抱っこなんて何考えてんの!?ぐらりと目の前が揺れたのが落ちそうで怖くて、思わず腕を伸ばして青峰の首に巻き付けた時に見えた青峰の顔は心配そうに歪んでいた。

「‥もしかして私のこと心配してるの、」
「うっせ、バーカ」

2018.01.29

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