僕に相応しいのは、僕と同じように優秀で、そして秀でた才能のある女性だと考えている。その枠にぴたりと当てはまったのが、もう1人の僕の目から見えていた彼女だ。帝光入学式でのインパクトは今でも覚えている。多分、まだ幼い子供だったからというのがあるかもしれないが、強豪だった帝光の吹奏楽部の演奏に対して、指揮を振る顧問の真後ろで溜息交じりにこう言いのけたのだ。

「‥音、うるさい」


普通の人には分からない音を聞き分ける耳。上へと駆け上がる為の容赦の無い言葉。

人それぞれ、恐らく苦手な部分だと口を開く人もいるだろうが、彼女のそういう所が僕は好きだ。もう1人の僕は驚いていた様子だったけれど。それでも、歳を重ねるごとに言葉も仕草も柔らかくなっていったのだから人というのは面白い。そうして今、面倒な女性のギャラリー達から身を守る為に彼女を手にしたいと思っている。由衣なら適度になんとかするだろうと思っているからだ。

「だから、違うってほんと」
「でもリハ前2人で居たの見た‥‥」
「偶々だよ!てか、赤司君が気になるなら、もっと自分からぐいぐい行けばいいのに。浅川さん可愛いは可愛いんだからさ」
「でも、赤司君は巴さんといる時‥」
「あ〜もう〜‥そんないじいじしないでよなんもないってば‥」

ぴたり。マーチング部の近くで人の声が聞こえてきて足を止めると、周りの影に隠れて会話をする2人の姿があった。内容からすると、浅川さんは僕が由衣と一緒に居た所を見ていたらしいということ。それはそれで好都合だ。ゆるりと笑みが零れたのが自分で分かって、2人に一歩ずつゆっくりと近付いた。

「やあ。浅川さん、だったかな?」
「あっ‥!?あ、赤司、く‥」
「ちょっ‥!?なんでいるの!?話し拗れそうだから2人にしてくれませんかね!」
「あ、あの‥赤司君は‥‥巴さんが、す、す、すす、すすき‥」
「もちろん好きだよ。つい最近由衣と付き合い始めたんだ。これからも由衣のこと、よろしく頼みたい」
「ばっ‥!!?ねえ何考えてんの!!?」
「や、やっぱりそう‥‥なん‥う"っ‥」
「ちょっと浅川さん!!?」

慌てふためく彼女を見ていると、とても可笑しくて、とても面白い。浅川さんが走って離れるのを見ていると、後頭部に痛みが生じた。‥正直、ここまでやる子だとは思っていなかったけど、どうやら僕は頭を叩かれたらしい。由衣の真っ赤な顔が見える。手を上げられたのは初めてだし一瞬ぽかんとしてしまったけど、また可笑しくなってきて噴き出してしまった。

「虚言禁止!!なんてこと言うワケ!!?浅川さん信じちゃうからやめてよ!!」
「僕にはその方が好都合なんだ」
「私には不都合!!大体、き、‥きす、とか‥‥とか!!信じらんない合意じゃないのに!!おかげで今日集中出来なくて大変で‥!!」
「集中出来なかったのは別に僕のせいではないだろう?自分自身の問題じゃないか」
「っ‥‥」
「違うかい?」

図星だとばかりに顔を歪めた巴さんに顔を近付けてじりじりと詰め寄ると、とうとう逃げ場を失った巴さんは顔を逸らす。‥期待でもしているんだろうか。いや、今後は彼女から求めなければしないだろう。実際の所は、ただ自分の為だけに側に置いておきたいだけなのだから。

好きという言葉だけを並べて、彼女を困らせるようなことをするな。

もやりと燻る声が聞こえた気がしたが、聞こえなかったフリをして蓋をする。‥‥真っ赤になって怒った彼女の顔が、随分と官能的だった。

2017.04.05

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