「ワンマン1人連続5本!」

朝からキツくないかと叫ぶ余裕はない。三奈木先輩が大きくボールを飛ばして、周りが掛け声を上げている。遠くに投げたと思ったら、今度は先輩のすぐ近くに低く落とされるボール。稲田ちゃんの驚愕した顔が見えた。ワンマンなんてよく見る光景ではあるけど、三奈木先輩ってば中々鬼畜。

「キャプテン中々鬼〜‥!」
「でも食いつかないと、取れるかもしれないボールを落としてしまうかもしれないでしょ!稲田ファイト!!」

稲田ちゃん、さっきから落としまくって連続で取れるような雰囲気すらない。

「1本あげろー!!」
「はあ、はあっ‥!!」
「稲田走れ!!またボール落ちるよ!!」

誠凛高校の女子バレー部は、決して強い訳ではない。が、別段弱い訳でもない。所謂普通ってやつだ。去年の春高バレーの予選を見に行って、ただ単純にとても良いチームだと思った、それが1番の理由で誠凛高校に入ろうと決めた。帝光中のバレー部は強豪だった。けど、とても強かったけど、男子バスケ部のキセキの世代を大きく特別扱いしていた結果、私とトラを含めた3人以外の部員は、その内試合を真面目にやらなくなった。顧問すら匙を投げた中学最後の全中は、確かにコートには6人いたけど、全試合3人だけで戦ったようなものだ。

「稲田ちゃんあと3本!!」

だから、こうやって皆で声を出し合うのが懐かしくて、嬉しかった。

「‥‥ウサギ」












「よよよよ、よ、よかった、チャイムギリギリだったよお〜‥もう、死ぬかと思った‥!」
「私も死ぬんじゃないかと思ったよ〜、喜美ちゃん最後の顔ヤバかったもん」
「佐屋さんひどい!顔ヤバイとかへこむ!」
「だってあの顔吐くかと思ったから」
「そう!でも吐かなくてよかったあ〜‥!吐いたら女子人生終わっちゃうもんね!その一心で吐くのを我慢したの!」
「その一心でボール追いかけてたら早く終わってたんじゃないの」
「鷹島さん酷いよ〜‥」

そんな鷹島の言葉に、後ろからキャプテンである三奈木が笑った。

「稲田は体力つけなきゃねえ〜」
「三奈木先輩!おおお疲れ様です!!」
「お疲れ様。それより兎佐はどうしたの?なんか泣いてなかった?」
「稲田の必死な姿でも見て感動しちゃったんじゃないですか?」
「ふーん?あ、そういえば鷹島って帝光と試合したことあるんだっけ。帝光の"獣人"ってあと1人いるらしいけど、どんな子か知ってる?」
「ああ‥‥思い出したくないですけど。あの大会中ほぼ全得点1人で取ったバケモノですよ」
「へえ。ほぼ全得点とかそりゃスゴ‥え、‥ほぼ全得点!!!?!」
「全中の最優秀選手賞取ってたし、あんだけコテンパンにされたからよく覚えてます。"獣人"、鴻 渚(おおとり なぎさ)。3年の全中終わってから、噂は全く聞かなくなりましたけど‥」

そう言ったきり鷹島は口を噤む。同じく鷹島も、あの試合がとても苦い経験となっていたのは事実だった。












「ウサギ」
「‥あ、ごめんトラ。着替え終わっちゃったから先に出ちゃってた」

練習中についほろりとしちゃうなんて情けない。そう思いながら足早に着替えて、新鮮な空気を吸いに外へ出た。落ち着けばなんてことない、いつもの私に戻れた気がして深く息を吐く。そうしたら、今度はトラの声が聞こえた。

「らしくないぞー。ウサギの癖に」
「だね、自分でもそう思う」

こつん、と頭にトラの拳が当たる。痛くもないのに、いてっ、なんて反動で声が漏れた。

「‥誠凛、まだ春高出たことないから楽しみ。これからだよ、ウサギ。うちらの青春!!」
「‥うん」

クサイ台詞を言ってのけるトラに今は感謝した。これがトラなりの鼓舞の仕方だから。拳が開いて、私の頭をわしわしと掻き回す。「元気出せ!」と言わんばかりの勢いに、トラもきっとそうやって自分を奮い立たせているのだと感じた。

2016.09.05

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