真っ黒の衣装に、マーチングパンツの銀色のラインが一際目立つ。皆同じ衣装だし帽子も被るから、本当誰が誰だか男なのか女なのか分からなくなる。まあ、目の前できゃいきゃいと華やかな空気を纏っているガード(踊るパート)の女の子達に関しては、また別の話しだが。

「本番の会場確認してきてもいいですか?」
「あ?一応リハの予定もあんだけど‥まあいいや、すぐ戻れよ」

スティックを1セット持って休憩室を後にする。その後ろでは、規矩先輩が「俺も一緒に行ったげる!」なんて言う声も聞こえていたが、無事松阪先輩に殴られる悲鳴が聞こえた。学ばない人だ。

少し歩けば、ロビーで話している他校のバスケット部や、試合を観戦しにきただろう人達でごった返していた。身長の大きい人が多いな。まるでアマゾンに迷い込んでしまったみたいだ。身長の高い人が有利な球技だし、当たり前は当たり前だけど。‥なんて考えていると、何故か視線の奥で人集りが出来ていた。私そこを通りたいんですけど、一体どんな芸能人がいるんですかね?そう、思わず顔を顰めた瞬間である。

「ちょうどよかった、巴」
「へっ」

人集りの真ん中で見事な作り笑いを浮かべていたのは、他でもない赤髪の彼だったのだ。何かの取材で来ていたのか、カメラを持ったお兄さん達に、わらわらと野次馬の男子、そしてミーハーな女子。こんな状況で私の名前を呼ぶなんて、彼はどうかしている。お陰で名前を呼ばれた私は、不可抗力とは言え返答をしたことで、盛大に注目を浴びてしまった。

「取材はまた今度正式な試合の時にでも。少し彼女と話しがありますので」

いや、なんも話しない、ない。状況は読み込んでるけど飲み込めるような精神状態ではない。じゃあ行こうか、なんてナチュラルに肩を抱かれた瞬間に女子側から悲鳴が起きて背筋が凍った。ふざけてるなにこの修羅場。

「ちょ、私本番会場見に行きたいんだけど、」
「裏から行けばいい、案内するよ」

裏からって何。この施設赤司君の庭なの?なにあの女!と煩い、スーパー面倒臭い系女子達が騒いでいるが、あとでこの人はなんとかしてくれるのだろうか。

「あのですね。赤司君、肩‥」
「あの人集りが見えなくなるまではこのままにさせておいてくれ」

それなんの牽制?言ってもなんだか無駄なような気がしたし、図らずもぶっ飛んだ返答が返ってきそうだったのでやめた。そういえば赤司君はそこまで大きくないけど、その身長以上にある貫禄はなんなんだろうか。ふと横顔を見上げると、そんな私の考えが筒抜けだとでも言いたいかのようににこりと笑顔を浮かべていた。何その笑み怖い。

「どうして本番会場に?」
「反響が気になるの。だから、どれくらい広いのかリハ前に見ておきたくて」
「成る程。人が動くからその分音がズレることがあるということだな」

頭が良いと私の言いたいこともよく分かるんだなあと、変な感心。広くて天井の高い会場では、音が散りやすい。よって本番やリハでズレが生じるのはよくある話しなのだ。

「衣装、よく似合うな」
「そうかな。確かに足は長く見えるけど」
「格好良いよ。少なくともその辺で戯れている男子生徒よりはね」
「‥‥」

嬉しいか嬉しくないかと言われれば割と嬉しい方だけど、赤司君に言われると‥‥なんだか嬉しくないのは何故だろうか。非常口のような所から外に出ると、細い道から奥のドアへ向けて進むように促される。人集りの視線から解放されると同時に肩も解放された。てか、赤司君他の部員ほっといていいのかな。

「赤司君、皆の所に戻らなくていいの?」
「今は自由時間だからね。そのせいでさっきも捕まっていたんだよ」
「成る程ね‥」

奥のドアを開けると、本番会場である体育館が広がっている。‥思った程天井は高くない、広いけど。持ってきたスティックをカンッと鳴らし、反響を確認してみても、恐らくリハで混乱は解消するだろうレベルだ。

「楽しみだな」
「へ?何が」
「演奏の話しだよ。巴は衣装を着ていてもオーラがあるから遠目でも分かる」
「それ凄すぎない?」
「そう、巴は凄いんだよ。そんな所も含め、僕が君を好きになった理由なんだけど」

カシャーーン。飄々と言い放った赤司君の顔付きに特に変化はない。何故。何、僕が君を好き?赤司君が私を好き?そんなの初耳なんだけど。突然の告白(にしか今は捉えられない)、驚きに固まった私の手からはスティックが抜け落ちた。只今本番3時間前である。

2017.02.09

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