「チェック係とパートリーダーは忘れ物ないか相互確認しろよー!」

楽器をトラックに詰め込んで、やることがなくなった私はマーチング部専用のバスに乗り込んだ。今日は男子バスケ新人戦のオープニングアクト本番の日だ。数日前に合わせていた真っ黒の衣装に身を包み、個人的な忘れ物がないかを確認する。‥確認していると隣に気配がした。

「‥隣、いいかな」

ぐは。浅川さんではないか、喋るの久しぶりですね。そういえば今日の本番に行く1年、私と浅川さんだけだったっけ。水色の毛糸が巻きついたマレットを片手にこちらを見ている姿に震えた。そのマレットで攻撃してきたりしないよね、眼球抉ったりしてこないよね?

「え、あ、ドウゾ」

若干ビビりながらも首を縦に振ると、そっと隣に腰をかけた浅川さんは長く溜息を吐いていた。溜息をつくほど私の隣がしんどいなら、ピットパートの先輩の隣に行けばいいのに。‥いやそれはそれで気まずいか。録音していた昨日の音源を聴くためにiPodを取り出していると、浅川さんがふいにこちらを向いた。えっ、なに‥。

「‥規矩先輩がしつこいの」
「エッ‥嘘、浅川さんも?節操なさすぎ‥」
「そんなんじゃないよ。"由衣ちゃんとなんか喋った?"とか、"情報なんか聞き出してよ"、とか。獲物を狙う肉食獣みたいだった。本人に聞けばいいのに‥」
「うわ、相手にしなくていいからね‥」

なんかごめん。そう謝ると、ふるふると首を振った浅川さん。‥なんかまだ言いたいことある感じですね、やな予感。好きな音楽どんなの?って、話を逸らしてみようか、本番緊張してる?って、話を逸らしてみようか。‥いや浅川さんあんま緊張してないな、規矩先輩の話をする時点で。とりあえず気分を落ち着ける為に水を飲んで‥

「"赤髪の1年と由衣ちゃんってどんな関係?"って聞かれた」
「ブッ」

吹いた。全部は出なかったが、前の席の後頭部部分が濡れた。赤髪の1年って絶対赤司君じゃん、規矩先輩なんてことを浅川さんに聞いてくれたんだ。口元を拭いながらどんな関係という言葉に首を傾げてみる。そもそもどんな関係でもない、元同中なだけだ。

「赤髪の1年って赤司君のことだよね?」
「この間規矩先輩に絡まれて、ちょっと助けてもらっただけでほんと何にもないんだよ!」
「いいなあ‥」
「え」
「私も赤司君の目の前で規矩先輩に絡まれたら‥‥助けてくれるかな。どう、思う‥?」

縋るような目で見られているけど、そんなの現実であるわけ無いじゃん、なんて、実際体験してしまった身で言えるわけがない。口元を引攣らせて笑いながら、帰りのバスは別の人の隣に座ろうと心に誓った。ホントどんだけ赤司君に惚れ込んでるんだこの子。

「あっ、1年白コンビはお隣同士?じゃあ俺は前に座ろ〜!」
「ゲッ」
「なにその反応〜‥ちょい凹むんだけど‥」

バスに乗り込んできた明るい声は、私と浅川さんの顔を確認するなり空いている前の席にボフンと腰を下ろす。思わず浅川さんと顔を合わせて苦笑いした。わー、浅川さんも物凄く嫌そう‥。

「菜美、お前規矩の隣行け」
「ちょっと勘弁してよ千賀、ていうか千賀が行けばいいじゃん!」
「俺は霞寺先生の隣にいなきゃいけねーんだ、ということはだ。アイツの暴走を止めるのはお前の仕事だろ副部長」
「えーー!!!」
「菜美さん隣!?それは大丈夫っス!」

え、天敵?突如規矩先輩の隣に座るよう命じられた、マーチング部副部長である、サックスパートの日吉菜美( ひよしなみ )先輩は、私達以上に嫌な顔をして規矩先輩から後退った。ついでに規矩先輩も嫌そうだ。日吉先輩めちゃくちゃ美人なのに何が嫌なんだろう。

「?」
「菜美さんすぐ手が出るから嫌ッス!」
「殴ってるだけでしょ、ひ弱」
「ひよっ‥」
「1年女子を守る為だ、菜美頼んだ」
「も〜‥マジないわクソ哉太」
「ひど!!」
「巴か浅川にワンハンドしたら1回につき平手打ちでいいからな」
「しょうがないわね‥」
「ねぇちょっと待ってよ、俺そんな信用ないの?仲良くしたいだけで、取って食おうなんて思ってないから〜」
「「「「信用ないです」」」」

私と浅川さんと、日吉先輩と松阪先輩の声が綺麗に重なった。ちなみに規矩先輩の座ってる後頭部は、吹き出した私が吹き出した水で濡れています。バレないだろうから言わないけどね。

2016.12.27

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