あのムキムキマンさんは、根武谷先輩というそうな。隣でマジバのポテトを、それはそれはエリート(?)に食べていた赤司君が教えてくれた。そして今、そんな男子バスケ部に混じって帰宅中だ。前に葉山先輩と根武谷先輩、真ん中を赤司君にして、私と実渕先輩。なんと皆寮生だった。こんな偶然もういらない。

「そういえば今度の新人戦の1回戦なんだが、京都邦(きょうとくに)高校が相手でね。巴ならよく知ってるんじゃないか?」
「京邦って"カスケード"の‥‥って、ちょっと待った、京邦って女子高じゃないの?」
「今年から共学になったんだ。女子バスケの監督目当てで、男子生徒の数が一気に増えたそうだよ」
「へえ‥」

京都邦高校。略して京邦(きょうくに)という、私の認識ではマーチングの全国には毎年出ている、衣装が少し変わっているバンドがある高校だ。カスケード・ストライプという柄が特徴的で、赤色に、スカート。全国のDVDは毎年黒いパンチラ(正確には一分丈のスパッツ)が見れるという唯一のお色気女子高。‥‥だったが、共学になったのか。いやでもスカートは御免だ。

「男子バスケ部設立したばかりで情報が何も無い高校だから少し楽しみだわ」
「だな。強ぇ奴いっかなー!」
「京都邦高校だが、新人戦に向けて偵察は一切シャットアウトしているらしい。恐らく他校にマークされるだろうキーマンがいるんじゃないかな」
「そりゃいいじゃねえかオイ!」

そうガッツポーズを決めている根武谷先輩を見ている赤司君には、私でも見て分かるくらいの余裕があった。酷く冷静で、でも口元は薄っすらと笑っている。得体の知れない相手。でも相手は赤司君達のことを研究してきているかもしれないのに。

「赤司君、怖くないの?」
「怖い?可笑しなことを言うね、巴は」
「そう‥?私は相手と直接ぶつかって戦う訳じゃないから分からないけど‥でも、直接ぶつかるのが得体の知れない相手だったら、‥少しは緊張しそうだし」
「どんな相手でも、絶対は僕だ。‥だから、洛山が負けるなんてことは有り得ない」
「‥」

す‥‥すごい自信‥いや、なんかツッコミが必要なのかな‥と一瞬思ったが言える訳はなく、というか、周りの三人は当然だというように首を縦に振る。うーん‥赤司教‥的な‥宗教‥?新人戦を見たら、私もその自信の意味が分かるのだろうか。というか、私に新人戦を見る余裕があるのだろうか。

「なんか赤司君、キャプテンみたいだね‥」
「征ちゃんは次期キャプテンに決まってるから、強ち間違いではないわよ?」
「え‥‥えぇっ!!?入ったばっかなのに、ていうかまだ1年なのに‥!?」
「ウチは特にそういうの関係ないわよ。それに、征ちゃんなら私達も文句ないし」

すごい。2年生にここまで言わせてしまう赤司君すごい。まじまじと顔を見ていると、にこりと微笑まれてひくりと口が引き攣る。‥私には赤司君が何考えてるかよく分からないけど、彼等なら分かるのかな。なんだこの信頼度数の高さ。













「おい、ダウンストロークの位置高え。もっとしっかりスティック握れ、周りと高さがバラつく。お前は指使わねえとダブル潰れてんぞ」

新人戦のオープニングアクトまで後3日と迫った放課後、音楽室ではピットとバッテリーの合奏が行われていた。松阪先輩が指導者として全体を見ているので、私の隣には規矩先輩。松阪先輩早く戻ってきてください色んな意味でやり難い。

「あ〜‥テナーソロ全然合ってない、つーかチューニング合わせとけって言ったろ。音程テキトーか」
「いや、さっき合わせたばっかなんだけど」
「‥松阪先輩、多分木の方が割れてるんじゃないかと思います。真ん中のハイタム叩いた時変な音したので」
「マジ?それヤベーな、ちょっとそれ見して」
「へえ‥‥」

‥まあそんなこんなで今日はテナードラム隊を抜いての練習になり、夜21時半過ぎに解散になった。あと3日かあ‥ぼんやりしながらスティックをケースにしまっていると、肩に重み。心無しか香水の匂い‥あんまり好きじゃない匂いだ。

「‥‥規矩先輩‥」
「由衣ちゃん一緒にかーえろ?っいだ!」

いつもつけてないと思うけどなんでつけてんの。‥とは思ったが、よくよく考えてみるとこの匂いは甘ったるい女物。ということは‥うおお考えたくない無理。スティックケースで腰辺りを強打して、するりと鬱陶しい腕から逃れた。

「酷っ‥由衣ちゃん、酷い!松阪さんにもそんなことされたこと‥あ、あるわ」

あるんかい。

「いやあ、にしてもホント耳もいいよね〜。あんな微かな違いに気付くとか霞寺先生並みの凄さだよマジで」

そんな褒め言葉私には効かないんだからね。そうは言っても、顧問・霞寺先生は実は本当に凄い人らしいということは聞いている。私はあまり好きではないけど。規矩先輩を無視して部室を出ると、体育館側から歩いて来ている生徒が見えた。運動部も終わったのか‥そう思った瞬間だった。

「由衣ちゃん、オレの部屋で一緒にマンツーマンとか、‥どう?」

鬱陶しい腕から伸びた手が、今度は私の掌を掴む。こんな時、確実に松阪先輩が助けにきてくれるのに、空気の読めない顧問が未だに松阪先輩と話をしているようで、まだ音楽室から出てこない。なんて不運。

「あら‥あら?由衣ちゃん?どうしたの?」

そしてタイミング良くか悪くか、前方から歩いてきているのは、汗だくの実渕先輩と赤司君だった。

2016.10.11

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