「お疲れ様でしたー!」

21時過ぎ。動きの基本練習と楽器の基本練習を終えて、バッテリーパートはやっと解散になった。他の楽器隊は1時間前に解散してる。理由は、既にBP全国(打楽器だけの大会)の地方大会(つまり予選)が近いからだ。この大会に1位通過しなければ、全国への参加資格はなくなる。ちなみに今日の前半は、初心者意外の1年生と、2、3年生で、バッテリーパートのメンバーを決めるオーディションだった。‥1年なんて練習もしていない筈なのに、突然。帝光の顧問も大概だと思っていたけど、洛山の顧問もだいぶぶっ飛んでたわ。

「巴ー、松阪ー、ちょっと来ーい」

‥そしてそんなぶっ飛んでる顧問から呼ばれた。バッテリーリーダーと共に。













「BPは従来通り松阪がスネアセンターだ」
「はあ?いや‥はあ‥まあ、そっすね‥?」

いやいやなんで私呼ばれた。小さい個室を通ると、狭い部屋に2台のパソコンと大きな机が2つ。人間が1人なんとか通れるスペースしかない。そんな中、眼鏡をかけたオジサン、失礼、霞寺(かすみでら)先生はそう口にした。リーダーがセンターでいくのは当たり前でしょ。センターと言うのは、バッテリーのリズムと音とパフォーマンスを決める中心人物だ。

「でだ、センターの左右は規矩と巴で固めろ」
「!」

規矩。‥という人が誰か分からないが、多分、オーディションを1番最後に受けてた人だ。松阪先輩はもちろん飛び抜けて上手かったけど、最後の人もレベル高かった。‥というよりは、松阪先輩と出す響きが似てるからだろうけど。

「残念だが、巴と張れるようなスネアメンバーは松阪と規矩以外今の状況ではいない。残り5名は上位で選出。‥まァ今日の状況で巴を選ばない奴はよっぽどいないだろうがな。やっぱりアメリカに行ってただけあるなお前は。リズムの取り方が全然違った。動きもブレない」
「ど、どうも‥」
「松阪。分かってるがウチは実力主義だからな。2年、3年だからって甘えは許すなよ」
「そりゃ分かってますって。こいつが俺の隣なことに関しても別に異論はねーですよ」
「だったらいい。‥お前も気を抜いたらすぐ抜かれるぞ?気をつけろよ」

最後の台詞ほんと要らない。話は以上だとばかりにシッシと追い出された私と先輩は、もう誰もいなくなった音楽室に2人きりになった。先生が呼んだくせにその追い出し方はないわ。

「‥じゃ、私これで帰ります、お疲れ様です」
「‥‥おう」

そう小さく呟いた先輩の声は、どこか弱々しかった。実力主義なんて珍しくない、特に洛山においては当たり前だろう。‥けど、先輩が言いたいのはそんなことじゃないはずだ。レギュラーでやってきたメンバーの1人を、1年の私が入ることで落とさないといけないのだ。今まで一緒にやってきた仲間を。つまり「簡単に言うんじゃねえよ、馬鹿野郎」ってとこだろう。まあ分かる。私だって、最終選抜メンバーを選ぶ時は苦悩したものだ。ほとんどアメリカだったとは言え、同期とは仲良かったし。

地下に降りて、自分の靴箱の前に立つ。松阪先輩、まだ音楽室で立ち尽くしてるのかな。ローファーを手に取ると後ろから人の気配がした。先輩かな、なんて思った目線の先には赤い髪の毛。なんか最近よく会うなあ‥学級委員も結局一緒になっちゃったし。

「‥赤司君」
「やあ、巴。随分遅いね」
「いや、赤司君こそ随分遅いと思うけど‥」
「僕はむしろ終わるのが早いくらいだよ。いつもは22時近くまで体育館にいるからね」

そう言うと、ボケッと立っていた私の横を通って赤司君は通学靴を取り出した。というかほんと、さらーっと巴って呼ぶようになったよね。別にいいけど。

「帰らないのかい?」
「帰るよ。‥って言っても私は寮だし、すぐ隣なんだけど」
「そうか。じゃあ僕と同じだね。だったら夜に女性の1人歩きは危険だし、一緒に帰ろうか」

何故そうなる。ってかそれはマズイ。つい最近知ったけど、例の告白女子浅川さんも私と同じ寮生だったのだ。つまり、赤司君と一緒になんて帰ってるのを見られたりしたら勘違いされるし、間違いなく面倒くさいことになる。人間関係で面倒なこと嫌いなんだよね。特に男女関係。

「や、いい、そういうのいいよ。1人歩きったってほんと5分程度じゃん。てか赤司君モテるみたいだしちょっとは周りの目を気にした方がいいって」
「気にするかしないかは僕が決めることだよ。それに寮まで5分と言えど、最近特に残酷な事件が多い。学校を出た瞬間に拉致、殺人。もっと怖い事件に巻き込まれることもある。自分にはそんなこと起こるわけないなんて考えない方がいい。それでもいいと言うなら、僕は先に帰るよ」

いやいやそんなことさらっと言う!?確かに、最近新聞やニュースでよくそんな事件聞くけどさ!しかも最後の「ニコリ」って何!?そのまま靴を履きだした赤司君は、「じゃあ」なんて意味深に笑いながらその場を後にして去って行く。ちょ、ちょちょちょっと待ってそんな理不尽な。そんな怖い話しをされてしまったらそんなの引き留めるしかなくない!?

「待、待った!やっぱり待って!」

慌てて叫んで靴を履いて、私は赤司君の後ろを追いかけた。くるりと振り向いた赤司君の顔が分かりきっていたかのように微笑む。

「どうした?」
「一緒に帰る!」
「そんなに大声を出さなくても大丈夫だよ」

そう私が言うことを分かっていたかのように、琥珀色の瞳が光っていた。

2016.08.17

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