「……」

これはなんてことだ。本日マーチング部に正式な部員として入部し、新1年生の自己紹介の為に音楽室へ集まった私の隣にいたのは…そう昨日の、赤司君に告白していた、あの女の子だったのだ。

「…泉北島中学校出身の浅川夏乃(あさかわ なつの)です。フロントピットでマリンバをやってました。よろしくお願いします」

しかもフロントピットだと … 。なんだか後々面倒くさい展開になってくるような気がする。しかも私のそういう感はいずれ当たることの方が多いから困るんだ。隠れて溜息を吐くと、高校3年にしてその色気はなんなんだ、と言いたくなる程の、大人っぽい顔付きをした焦げ茶の髪の部長が、「はい次」なんてこちらも面倒くさそうに私に自己紹介を促した。しかもこの人バッテリーのパートリーダーも務めているらしい。ただのチャラ男にしか見えない。チャラ男で口悪そうだ。そうして自己紹介をしようとしたら、向こう側から、「フロントピットって何?」という声が聞こえてきた。どうやらマーチング部に入部するのが初めてらしい私と同じ新1年生のようだ。

「フロントピットっつーんはドリルに参加しなお打楽器のことだ。細かいことはまた後で教えてやるから静かにしとけ。で、お前。…あ〜、自己紹介くらいしとけ」

むっか。やる気の欠片も感じないその目はなんなんだ。てか自己紹介くらいって何。右の口端がひくりとつり上がる。上手くやっていけないかも。それに対して、斜め後ろにいた誌栄が小声で笑った。こいつ。ちなみに詩栄はサクソフォーン。特にソプラノが上手い。

「巴由衣です。帝光中学出身、パートはスネアドラムでした。よろしくお願いします」

さっとそれだけ言うと頭を下げて、後にバトンタッチ。部長の視線が痛かったが、すぐに反らされた。敵意向けられてるのかと思う程には、睨まれていた気がする。













「巴」

1年生は自己紹介後パートごとに分けられて、短い先輩達との懇談会をして解散となった。練習できないんかい。そう思ったが言える訳はなかった。そして先輩に囲まれている誌栄を置いて帰ろうとした矢先のこと、例の先輩に止められたのだ。

「…先輩?」
「暇だろ、ちょっと話そうぜ」

あー…名前なんだっけ…松阪千賀(まつざか ちか)。そうそう、名前だけ聞いたら女の子じゃんって思ったんだっけ。名前と顔のギャップよ。手でちょいちょいと呼ばれて、奥の階段口に連れられる。いきなりシメられるのかな。喧嘩する覚悟はまだ出来ていないんですけど。そうして振り向いた先輩は、とても怖い顔をしていた。

「お前高校ちゃんとくんの?」
「…は?」
「中学の暴挙は聞いてるってんの。学校無視したDCI参加でほとんどアメリカにいたらしいじゃん?高校でそんなのマジ困るっつってんだよ。言っとくけど、オレは顧問が許しても絶対許さねえし、またアメリカ行くってんならお前入部禁止だから」

ああ、そういうことか。腕組みをしながらどこのヤンキーかと顔を歪める松阪先輩の心情に納得した。

「高校のマーチングの大きな大会は中学と同じく2つ。パレードコンテスト形式の大会と、規定課題のない自由なフェスティバル形式の大会。そんで高校ではバッテリー部門のみ大きな大会が別に2つある。バッテリー、ピットのみを使ったMP全国大会、もう1つがカラーガードとパーカッションを交えたBPC全国大会。お前を全国の高校が欲しがってた理由は腕だけじゃない。センスと、指導力。大会2週間前に日本に戻ってきて、それで指導者すらいなかったバッテリーを立て直すなんざ並の技じゃねえんだよ。だからお前がここでも好き勝手されても困るんだ。他の部員にも示しがつかねえしな。だからもし好き勝手するっつーんなら、ウチには顧問と喧嘩してでも俺が入れねえ」
「よくそんなことまで知ってますね‥怖い‥」
「載ってた雑誌は全部読んでんだ。こちとら全大会3連覇かかってんだからな」

…ああ、成る程。松阪先輩はチャラい髪してるけど、怖いけど、マーチングが大好きで、勝ちたい思いが強いだけなんだ。ぶはって、思わず笑い声が漏れた。

「ハア!?何笑ってんだテメー!!」
「…っ…いやだって…高校に上がったらアメリカ行くつもりはさらさらなかったからっ…何はやとちってんですか、松阪先輩…っ…ぶふ、」
「…ハ、はあ…?」

素っ頓狂な声が出てる。ウケるこの人。笑いが収まらなくて、お腹を抱えた。ああ、前言撤回、中々上手くやっていけるかもしれない。そんなことを考えている私達がいる階段口の上で、赤い髪の青年が小さく笑っていたことは、誰も知らない。

2016.07.20

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