「は、はっ…はっ…!!」

高校に上がったからってすぐに体力がつく訳でもないのに、何を焦ってこんなに走ったんだろう。約5km。2.5kmの往復。マーチング、しかもバッテリーパーカッションというポジションは極端に重い楽器を持って演奏し、動くことになる。アメリカに行った時、技術よりも体力が課題だった私はあれからずっと毎日走り込みをしていた。昨日までは1.5kmの往復だった。そう、要は急にとばしすぎたわけである。

「キッツ…!!」

まだ仮入部届も出していないし、届すらまだ出せる期間じゃないらしい。特待だろうがなんだろうが、マーチング部員を希望する1年全員が一緒の条件だった。ポケットの中にある携帯電話で時間を調べれば、あと1時間後には教室にいないといけない。まあ、先に学校に来てたからどうにでもなるんだけど。っていうか今正門に入ったからなんの心配もないけど。

「…っ、…練習したい…」

顔を上げると、目先に音楽室が見えた。洛山のマーチング部と吹奏楽部は別物として分かれていて、でも練習場所は同じだ。正直、どうやって練習しているんだろうと思っているのは否めない。でもどうやら、今日の朝は吹奏楽部が使っているらしい。繊細な音色が聞こえてくる。

「こんなに朝早くから走っていたのか」
「えっ…?」

凛と澄んだ声が聞こえて、私はタオルで汗を拭きながら振り向いた。視線の先には私と同じように汗だくのーー赤司君がいて。彼もまたトレーニング中だったのだろうか。よくよく見れば、細いと思っていた腕や足には発展途上の筋肉がついている。こっそり自分を見てみると、いや別に筋肉ムキムキになりたいわけじゃないけど、でも、やはり圧倒的に弱々しかった。

「赤司君、も、ですか?」
「ああ。走り込みが終わって一息ついていたら、丁度君が見えてね」
「そ、っか…ごめ、ちょっと、息きつ‥!」
「随分他の部員達と入れ込み方が違うようだ」
「は…それはもちろん、負けたくない、し!」
「…増しているな」
「…?」
「いや、こちらの話だよ。…そういう所、僕は嫌いじゃない。ただ、君は女性だ。朝早くとは言え外は暗いだろう。気をつけた方が良い」

真面目な顔で何を言うかと思いきや、なんだそれは。困惑しながら「はあ」と気の抜けた返事をすると、頭に被ったフードを取って張り付いた前髪をピンで留めた。それにしても、彼はどうして一人でトレーニングなんか。

「…このトレーニングは、僕の生活の一環だ」
「部活をやってるわけじゃないのに…?」
「僕は洛山のバスケ部に所属しているんだよ」
「そうなんですね。じゃあ赤司君も自分を磨いてるんだ。そっか…!」
「…?嬉しそうだね」
「頑張ってる人を見ると嬉しくなるんですよ」
「見解の相違だな。少し違う」
「…え?」

きらりと琥珀色の瞳が光った気がした。…少し怖い、と反動で思ってしまったと同時に少しだけ心臓が揺れて、私は首を傾げることしかできなかった。

「…僕は練習に行くよ」
「あ…は、はい」
「それと、同じクラスなのにどうして敬語なんだい?特に、君には敬語なんか使ってほしくないよ」
「…な」
「…"彼"と同じ匂いもするからね」

彼?っ…て……ていうか、そんなこと言われても。タメって気がしないんだもん…なんて口から出る訳もなく苦笑いで誤摩化すと、シャワー室に逃げ込むようにその場を後にした。

2016.06.16

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