パスもドリブルも、そんなの基本的に分からないしルールもよく分からない。けれど、練習試合を見ながら思うことはいくらでもあった。圧倒的な強さを発揮しているけど、どこか本気じゃないような感覚。第1に平均身長の差、第2に個人レベルの差‥と言った所だろうか。側から見たら「ずるい」とも取れそうな差であるけど、そこも強豪と言われる理由の1つだと思った。強い所には自然に強い者が集まる。身を以て経験しているが必然のことだ。

「‥恐ろしく点が入らないですね」
「ディフェンスに紫原がいるからな。あいつは身長だけが取り柄という訳でもないし、加えて紫原を数えなくてもウチには2m越えが2人いるんだ。早々点なんて取れないだろうよ」
「ディフェンス‥」
「簡単に言うと自分のゴールに点が入らないように守ることだな」

いやまあそこまで説明されなくても分かりますけれども。荒木先生の横に座って見学をすること早20分は経っているが、相手チームが取った点数は未だ0だった。バスケってこんなにも点が取れない競技だっただろうかと頭を傾げてしまうくらいには困惑している。でも、これは推測だが、多分こんなことが起こるのはこのチームだからなのかもしれない。

「ふあ〜‥」
「‥、」

自分のゴールの前にのっそりと立ち尽くしている紫原君は、ボールがそんなに飛んでこないからかとても暇そうだ。あとの4人は只管に走り回っているけど、彼の役割は本当に"その陣地を守るだけ"という感じだから。‥相手チームはそんな姿にさぞ悔しいだろうなと、私もただ目の前を流れていく試合を見ながら思った。

やはり圧倒的に強い。‥だけど、それは面白いのだろうか。













「‥紫原君?」
「せいかーい」

初日の夕御飯はチキン南蛮となめこのお味噌汁、漬物。そしてビタミンAの豊富な冷やしトマト、その他もろもろ。トマトを30個以上切ることって人生では滅多に経験しないよなあなんて、他人事のようにぼんやりと考えていると、ずむっという重みが私の肩を攻撃。‥地味に痛いけれど、こういうことをする人っていうのは大体予想がついている。もう18時。ということは、もう各々自由時間なのかと軽く溜息が出た。

「なにやってるんですか‥包丁使ってるんですから危ないですよ」
「砂糖ちょーだい」
「は、?」
「トマトに砂糖かけると美味いんだよね〜。知ってた?」
「トマトに砂糖?‥気は確かですか」
「真梨ちんそれ本気で言ってんの?!」
「本気もなにも」

秋田の人はトマトに砂糖をかけて食べる習慣があるのか?‥いや紫原君は私と同じ東京出身だった筈だ。頭上に「お前馬鹿なの!?」というフレーズでも出てきそうな表情をしているが、こちとら紫原君に対して言ってやりたい言葉である。‥うーん、トマトに砂糖は考えたことなかった。

「超美味しいよ〜、食べてみる?」
「‥。食べるなら夕飯の時間にしてくださいね。休める時はちゃんと休まないとダメですよ。ただでさえ練習もハードなのに、練習試合もしてるんですから」
「なんか食べたい」
「はいはい」
「真梨ちん」
「はいはい」
「真梨ちん〜!」
「ひやっ‥!」

肩に乗っていた腕がぎゅううと背中を回り、紫原君の体温が急に感じられるようになった、と同時に驚いて変な声が出たのは許してほしい。この人自分の力の強さ分かってるの!?と言いたい程には体が動かない。そんなにお腹が空いてるのか、いつから空腹だったんだろうか。

「‥わかりました。でも、皆さんには内緒にしてくださいね。最後のマドレーヌです」
「!」

わ。まるでおやつを大型犬にあげている気分だ。腕を解除してもらって、自分のポケットから取り出した最後のマドレーヌに、顔を輝かせている紫原君は毎度ながら憎めない。

「お礼に砂糖かけたトマト食べてみてよ」
「お礼にって‥‥ふ、っ、やっぱりいいです」

‥まあ、聞いてみたいことは山程ある。けれど、それは少しずつでもいいか。らしくないなと思いつつ、私はまたトマトを切り始めた。あれ。なんか、‥そういえば。すごく久しぶりに笑った気がする。

2017.07.05

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