「あの、先生」
「もう質問か?聞くぞ〜」
「まず1つ目は何故私が遠征に呼び出されているのか。2つ目、既に遠征パンフレットに私の名前が載っているということ。最後に。私は男子バスケ部のマネージャーではありません」
「まあ堅いこと言うなよ、暇だったろ」
「その台詞もう聞き飽きました。それに、暇かどうかは私が決めることです」
「そもそもバスに乗った時点で合意だろ」
「無理矢理バスに乗らされましたけどね!」

明日からまた土日、今日はゆっくり寝てお菓子の試作品でも作ろうとレシピを見ていた矢先、放課後の教室に突如現れたのは荒木先生だった。嫌な予感しかしなかったのでもちろん即座に教室を後にしたが、正門を出る前に捕まった。この人の馬鹿力に対抗できる人がいるなら見てみたい。そうしてわけもわからず無理矢理バスへと押し込まれた私は、問答無用で遠征パンフレットを押し付けられて今に至る。

「人助けをするつもりで手伝ってくれ。頼む」
「‥最初からそう言ってくれればいいのに」
「素直に言ったところでお前が手伝ってくれるとも思わなかったんでな」
「そうですね。全くもってその通りです」
「と言うわけでお前等、今日からの遠征は1年の戌飼が手伝ってくれるからな。あんまり困らせるようなことするなよ!」
「「「うぃーす」」」
「‥‥」

周りの部員達の物分かりがいいというかなんというか。吸った息を大きく吐き出すと、遠征の為にと用意された消耗品やら某ショップの簡素な下着が黒いバックの中に入っているのを確認して頭を抱えた。これってほぼ犯罪じゃないのだろうか。この人のことだろうから、私が1人暮らしということを知って上手く利用しているに過ぎないのだ。多分。

「真梨ちん、なんかお菓子持ってない〜?」
「マドレーヌでよければ」
「ちょうだい」
「真梨ちゃん俺も欲しいアル」
「はあ」

どうやら私の学校の男子バスケ部員達は甘い物が好きらしい。1人増えればまた1人、お菓子をたかってくる部員に思わず苦笑い。‥どうやら、この状況がなんとなく嫌でなくなってきているのが自分でも少しだけ分かってきているが、認めたくないのもまたそうだ。部活中はあれだけ厳しい練習をして、モチベーションも高いままだというのに、普段はこうやって和気藹々というか、なんというか。そう、‥正直嫌いではない。

「戌飼は菓子をあげる為に来たんじゃない。手伝いに来てもらってるんだ。特に紫原は勘違いするんじゃないぞ」
「マドレーヌうま」
「‥とりあえず、向こうについたら先に練習試合の相手校との挨拶しに行くぞ。そのあと簡単に合宿の流れを説明するから」

話を聞いていない紫原君を無視する荒木先生に、合宿中大丈夫なのだろうかほんの少しだけ心配になった。また何か喧嘩とかで揉め事が起きないといいけど。まあ、私が変に心配することではないから何も言わない。

「よかったら岡村先輩もどうぞ」
「お、ありがとうな戌飼さん‥」
「は?ゴリラになんてあげねーし」
「その前になんで俺にはくれねーんだコラ」
「ゴリラとはなんじゃ紫原!!」

‥迂闊にあげたり声をかけたりするのはやめようと思ったバス車内。隣でマドレーヌを頬張っていた荒木先生が薄っすらと笑っていた。

2017.05.09

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