並んでいる間の1時間半をどう過ごしたかと聞かれても何もしていない、としか答えられない。けど、並ぶのが好きじゃない私が何故並んでいられたのか。それは紫原君の功績が大きい。彼は本当に甘い物が好きなんだなと呆れた1時間半だった。それよりも、例のパンケーキ。キャラメルでコーティングされていたからか、外はパリパリで中はパンケーキ特有のふかふか感という絶妙な食感に圧倒された。超美味しかった。‥けど。

「新食感‥‥!!」
「感動してる所悪いですけど口についてます」
「あ、ほんとだ。ありがと〜」

ぺろり。舌で上手くキャラメルの欠片を取り除いた紫原君は、大口を開けてどんどん5枚重ねのパンケーキを運んでいく。2枚重ねにした私は腹八分目で丁度良かったはずなのに、なんかちょっと気持ち悪くなってきた‥。

「‥よく食べますね」
「だって超美味いじゃん。俺あともう5枚いけるんだけど〜」
「やめてください吐く」
「食べるの俺だし〜」
「見てるだけでも辛いんです」
「だったらランチでタコライスとかもあるみたいだけど〜?」
「‥胃に入りきれません」

え?そうなの?‥って、普通に言われても。そりゃ紫原君くらい大きければ胃だって大きいだろうけど。私は違いますからね。パンケーキ2個食べてランチのタコライスとか無理です。そう言いたいのが分かったのか、紫原君はメニューを一頻り見た後に女性の店員さんに何かを頼むと、嬉しそうにまたパンケーキへと視線を戻す。‥パンケーキまだ食べ終わってないのに何を頼んだんだろうか。

「甘い物食べ過ぎて苦しい気持ちはよく分かんないんだけどさ〜、甘い物の後に塩辛い物がほしくなる気持ちはよく分かるんだよね〜」
「胃に入らないって言いませんでしたっけ‥」
「食べれる分だけ食べれば?」

成る程。その手で来たか、ポテトつまみたい。そんな顔をしていたのだろうか、紫原君はしてやったりみたいな表情を浮かべて笑った。‥普通に笑ってるの初めて見たかもしれない。

「真梨ちんってさ〜」
「なんですか?」
「体操結局やんないの?」

びしり。突然言われた言葉に全身が固まった。なんでまた急にそんなことを聞くんだろうか。まさかここまで一緒にいるのもシナリオだったりしたら‥いやそう考えるのは怖い。頭を軽く振って深呼吸すると、なんだかもう段々面倒くさくなってきて溜息を吐いた。

「‥やれる足じゃないんですよ」
「そうなの?てかどこ怪我したわけ?」
「両足のアキレス腱断裂したんです」
「リハビリしたら完治するんじゃないの〜?」
「‥」
「なんで怒んの」
「別に怒ってません」

「靭帯も損傷していたので、リハビリ込みでも復帰まで1年はかかります」って言われて、でも私の後ろにはこれから育つであろう選手が控えていてとても怖かった。‥とは言えない。結局はビビっていただけなのだ。私はどれだけ周りに凄いなんて言われても、どうしても自分が凄いなんて思えなかったし、ただ体操が‥好きだっただけだから。上手くなるのは必然のことだと思っていたから。

「‥」
「真梨ちんてさあ、結構面倒くさいよね」
「は?」
「体操やりたいならやればいーじゃん。嫌だったらこっちくればいーじゃん。好きだからやんなきゃいけないって理由はないでしょ。好きじゃなくても俺は自分に向いてるスポーツだからバスケやってっし〜」
「‥紫原君はバスケ嫌いなんですか?とてもそんな風には‥」
「別に嫌いじゃねーけど‥」
「?」

それっきり黙ってしまった紫原君は、店員さんが持ってきたポテトとパンケーキを交互に食べ始めたまま言葉を発することはなかった。‥本当、よく食べるなあ。

「甘いのと塩辛いのさいこ〜」

それにしても、好きだからやんなきゃいけない理由はない、なんて。思わず納得してしまったけど、紫原君からそんな言葉を聞こうとは。ぼんやりしているように見えて、実は色々あったのかなあ。

2017.04.14

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