「‥おはよ、菅原君」
「知里。オハヨー、昨日はありがとなー」

登校して1番最初に顔を合わせたのは、席に座ってぼんやりしていた菅原君だった。私の顔を見るや否や無理矢理作ったような笑みを貼り付けて、口角をなんとか押し上げてにっと笑う。‥昨日の東峰君もそうだったなあと思い出してついぎゅっと唇を噛んだ。昨日の今日だし、きっとまだ悔しくて仕方ないんだ。その証拠に彼の瞼は少し腫れていた。‥だめだ、私がしょんぼりとしていては!

「菅原君!今日一緒にご飯食べない!?」
「‥へ?」
「お弁当のおかずたくさん作りすぎちゃったの!」
「知里が作ってきたってこと?」
「珍しく早く起きちゃってさー。昨日の興奮冷めやらぬで!!っあ‥‥ご、ごめ‥」
「‥‥‥っぶ、」
「?」
「はは、‥演技ヘタクソ‥じゃあ一緒に食べるか」

作りすぎたのも嘘じゃないし、興奮冷めやらぬもある意味嘘ではない。朝が暇だったなんて久しぶりだった。そのせいでいつもの金平牛蒡も入れたし卵焼きなんて丸々1個入れてきちゃったし、昨日の残りのトンカツも厚揚げの煮物だって入ってる。おかげでタッパが2つ分とおにぎりだ。つまり今の今までどうしようかなんて何も考えていなかった。今度こそおかしそうに笑った菅原君に少し安心して胸を撫で下ろす。‥そういえば、今日は朝練なかったのかなあ‥。

「今日は流石になあ。朝練はないよ」
「え、うえ、?」
「分かりやすっ」

そんなに分かりやすかった?私が聞きたかったことを当てて答えてしまった菅原君は、ちらりと廊下に目を向ける。誰かいるのかと思ったけれど誰もいなくて、探し人でもいたのだろうかと思案。でもその考えはどうやら違ったようで、こいこいと私を前の席に座るよう手招きした直後に、ずいと顔が近くなった。

「わっ!な、なに?」
「んー?‥いや、知里の瞼少し腫れてるなって」
「そ、れは‥しょうがないよ‥悔しかったもん‥」
「‥うん、俺も」

めっちゃくちゃ悔しかった。その声にずきりと心が痛む。‥菅原君は控え選手で、1年生の影山君の代わりでしか試合には出てなかったもんな。それでも影山君の愚痴を一切零さない菅原君は凄いと思う。1つや2つ、先輩が後輩に不平不満が多少はあってもおかしくはない気がするんだけど。‥いや、影山君に不満なんてあるわけはない、けど。

「なあ」
「は、はい」
「‥俺、春高までバレー続けようと思うんだ」
「ハルコー?」
「つまり、次の大会まで烏野排球部として活動するってことな」
「え。‥ほっ、ほんと!?」
「だから、知里にもまた応援きてほしい‥とか思ってんだけど」
「行く!そんなの行くに決まってるじゃん!絶対行くよ!」

ガタン!とつい椅子から飛ぶように立ち上がって驚かせてしまったが、その後にゆるりと見たことのない顔で優しく笑った菅原君につい心臓がぎゅっとなった。なんでそんな顔、するんだろう。ありがとうって御礼を述べる声と、頬っぺたをさり気に行き来する掌が擽ったい。ああ、もうこの人は‥こんなことばっかりしてると勘違いさせちゃうって分かんないのかな‥。

「あ、の、菅原君、」
「ん?」
「私だからいいけど、他の女の子勘違いさせちゃうからこういうのやめた方がいいよ‥」
「俺そんなに軽くないけど」
「いやだって、」
「他の女の子にこういうことしたことないべ」
「‥え?」
「知里だから、‥俺、」

何かを言いかけて1度口籠もった唇は、開いては閉じてを繰り返していた。他の子にこういうことしたことない、って‥冗談でしょ?私は何度もされたよ、頭を撫でられたり、頬っぺた触られたり。他の子にしないの?じゃあなんで私には。そう考えていた末に辿り着こうとした思考は、がらりと突然開かれた扉で消え去ってしまった。同時に菅原君の掌から逃れた私の目には、驚いたような琴ちゃんの顔が。

「‥ありゃ?2人とも随分早いね」
「琴ちゃ‥あ、えっと、あ、わ、私職員室に用事あったの思い出しちゃった!」
「日島もいつもよりはえーじゃん」
「生徒会の集まりが早かったんですう〜。ちょっと来海、走ると危ないよー!‥どしたのあの子」
「‥さあ?」

一部始終見られた!?そう思ったけれど、いつものテンションで菅原君と会話をし出す琴ちゃんにほっとして、そそくさと逃げるように教室を出ることに成功。琴ちゃんにも吃驚したけど、菅原君にはもっと吃驚した。

「知里だから、‥俺、」

菅原君、何を言おうとしていたんだろう。‥いや、なんとなく雰囲気的に想像ができてはいた。漫画で何度も読んだことがあるもん。ああいうシーン。‥ああでも、実際間違えていたら火を噴くほど恥ずかしいから声には出したくない。

2018.01.16

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