季節は夏。暑くて暑くて勝手に汗が出る、もうそんな時期。いつもみたいにだらりと机に突っ伏して、今日は何アイスを食べようか。そんなくだらないことばかり考えていたけれど、そんな思考もすぐ遮断された。3年生であるはずの私が所属しているクラスの教室に突然大声が響いたのだ。

「菅原さんここだけ!ここだけお願いしあス!」
「テメェコラ日向!俺が先だろうがこのボゲ!」
「なあ、お前らもうちょっと静かにできない?ここ一応3年生の教室なんですよ?」
「あ、‥あ!!知里先輩だ!!あざっす!!」
「アザス」
「聞いてる?」

あれ?なんでこんな所にいるんだろう。‥というより、なんで菅原君にじりじりと詰め寄っているんだ?じっとりと汗が滲む額をハンカチで拭って、詰め寄る日向君と影山君の姿を確認すると驚きで目が丸くなった。

「何やってるの?」
「エッ、あ‥あの‥」
「?」
「‥こいつら今度の合宿、追試で行けないかもしんなくてさ。必死に勉強してんだけど‥どーも月島に逃げられたらしくて‥」

ぱちりと目が合った瞬間菅原君にそう言われて、思わずふいと視線を逸らしてしまった。やば、まず、そんなあからさまに逸らすことなかったのに!恐る恐る視線を戻すと、菅原君は首を傾げてはいたけどほんの少しだけ眉尻が下がっていた。

あの時。‥何かを言われそうだったあの時。なんとなく予想がついていた言葉を口にしそうだと思ったあの時。‥それからずっと菅原君とは気まずいような気まずくないような変な距離感を保っていた。ちゃんと話すのも、というか、‥正直普通の会話も久しぶりかもしれない。あんまり覚えてないから、もしかしたら自然と普通に会話をしていたのかもしれないけど。

「つ、月島君はそういうの面倒くさがりそうだもんね」
「そうなんですよ!頼みの谷地さんも山口も今さっき教室に居なかったし、もう頼りが先輩しかいなくて‥!!」
「ヤチサン?」
「あ、そうか。知里は知らなかったよな」
「新入部員‥?」
「新しいマネージャーが入ったんですよ!俺達と同じ1年!女の子!」
「1年生!女の子!」
「めっちゃいい子なんです!勉強も教えてくれるし絵も上手くて!教え方もめちゃくちゃ分かりやすいんですよ!偶に挙動不審だけど!」

嬉々とする日向君の口から新しいマネージャーと聞いて大きな声が出た。そういえば日向君マネージャーもう1人いるとなんとかかんとか言ってたっけなあ。それはそれは嬉しそうにヤチサンについて話す彼はかなりテンションが高い。絵も上手いっていう情報源はなんなんだろう‥って、それよりもテストの話は一体どこへ‥。

「‥‥だからおれ、今度の合宿は絶対絶対行きたいんです!!!行かなきゃいけないんです!!」
「うん、だから日向君、合宿行きたいが為に勉強教えてほしくてわざわざここまで来たんじゃないの‥?」
「ハッ!!」

いつの間に頭から"勉強"の2文字が抜けていたかは分からないが、彼は本当に必死のようだった。隣でふつふつとやる気(?)を漲らせている影山君も同じく。追試なんて普通に授業聞いていればクリアできそうな気がするけど、彼等に関してはそういうわけでもなさそうだ。良くも悪くもバレーのことしか考えてないんだろうな。

「‥あ、そうだ。悪い知里、よかったらちょっと付き合ってくれない?」
「え、‥えっ!!?」
「俺1人でこの2人相手とか無理だから、な?」

それに今大地もいないし。困ったように笑った菅原君におずおずと首を縦に振るしかない。‥別に、断る理由なんてないもん。ないけれど、やっぱり少しだけ気まずい。そう思ってしまった。ちゃんといつもみたいに話したいんだけどなあって考えて小さい溜息を吐く。‥"付き合って"という言葉に過剰に反応して、私馬鹿すぎる。

そそくさと近くの椅子を隣同士にくっ付けられて、菅原君と物理的に距離が近くなった。ふわりと笑った菅原君が少しだけ悲しそうだったのは、私の気の所為だっただろうか。

2018.01.26

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