「けーんじろー!!!」
「いや、聞こえてますから」

お昼休みの食堂。見えた無気力な姿に名前を呼べば、ぼそぼそとした声が僅かに届いて手を振った。賢二郎から電話を貰って以降初めての逢瀬(言い方がおかしいのは分かっている)。心なしか少し嬉しそうに見える。そりゃそうか、初スタメンに決まったのだから、湧き上がる喜びが滲み出るのは仕方のないことだろう。可愛いとこあるなあ賢二郎。

「何食べるのー?」
「来たばっかりですよ。何も決めてません」
「あ、太一も!おはよ!」
「おはようございます蜂谷さん」
「人の話し聞けよ」

だから私先輩な?生意気賢二郎の頬っぺたをびよんと抓ると思いの外伸びなくて、そして固かった。男の子の頬っぺたって固いのかな?そう思ったが、痩せ型の賢二郎のことだ、そもそも肉が足りないのかもしれない。運動部たるものそんな貧弱でいいと思っているのか。

「蜂谷さん食堂で昼飯すか?珍しいっすね」
「賢二郎のお祝いしにきたの!」

お祝い?2人して顔を見合わせたと思ったら、賢二郎よりも先に太一が勘付いたらしい。そうだよ、だから賢二郎は白鳥沢初スタメンになったでしょ。そのお祝いだよ。成る程ーとぼんやり頷きながら太一もくっつき虫のように便乗してきたものだから、しょうがないなあとこっそり自分の財布の中身を盗み見た。‥まあ、お金はあるか。

「あざっす」
「なんで太一も入ってくんだよ」
「いーじゃねーか」
「あんまり高いのはやだからね!」
「俺鉄火丼で」
「しらすじゃないの?」
「メニューにないですよね」
「俺カツ丼がいいです」
「しょーがない先輩が奢ってあげよう!」
「奢るって言ったの蜂谷さんですよね」

確かにそうですけど。なんて可愛くないことを言う奴だ、いや知っていた。賢二郎はこういう奴だった。それでもやっぱり可愛い可愛い後輩だし、努力の結果が結びついたということもよく分かっているつもり。自分で言うのもなんだが、我が白鳥沢学園は県でも偏差値の高い学校で、部活だって強豪ばかり。そんな中賢二郎は一般入試で入ってきたわけだが、それは本当に凄いことなのだ。白鳥沢に来た理由がウッシーだと聞いた時にはマジかこいつと思ったけど、本当に実現してしまうとは。

「賢二郎」
「?」
「喜びの所悪いけど、これからしんどいよ」
「分かってますよそんなこと」
「ならいーけど!あ、ちょっと食券買ってくるからそこで座って待っててー!!」

なんだか凄く頼もしくなったなあ。そんなこと、なんて言いながら薄っすらと笑う顔がなんだか大人びていた。いつの間にそんなにやらしい顔できるようになったんだろう。そうやって人は成長するんだなと、たった1つだけ歳下の賢二郎を見て嬉しくなった。












「思うんだけど、なんか蜂谷さんって賢二郎にべったりだよな」
「は?」
「お前ばっか青春してずるくね?」
「してねえし」
「ほう?」

ニヤニヤニヤ。るんるん気分で食券を買いに行った彼女の背中を見ながら、白布と同じ学年の川西太一は可笑しそうに笑った。実は蜂谷さん、賢二郎にお熱とか?対して賢二郎も満更でもない気がすんだけど。ぐびぐびと水を飲んでいたコップの中身は氷だけになってしまったが、注いでくるのが面倒になった川西はがりがりと氷を食べ始めた。

「賢二郎は?」
「主語ねえの?」
「蜂谷さんどうよ」
「‥バカか」

ひでえな。そう言って笑った川西に白布はむっと顔を歪めた。そんなの、他人に口出しされることじゃないだろ、と。

2017.09.17

prev | list | next