「っうぐ、ゲホ、」
「おいおい大丈夫かよ」

まずは目標としていたスターティングメンバーに選ばれたことは、とても嬉しい。そして、とても誇り高い。ずっと憧れていた牛島若利と一緒のコートに自分の足で立てるのだ。それを嬉しく思わない奴なんかいないと思う。必死に勉強して入学してきて、練習だって頑張ってきた甲斐があったってものだ。だからそこに嘘偽り等は一切ない。

白布は分かってはいた。今までと練習の量が全く違っていることにも、その質にも。分かってはいたけど、分かっていたとしても、それに最初からついていけるかと聞かれればそれはノーだ。何度も飛ばされたボールを定位置に何度も返す。定位置にちゃんと返せなければ、最初からやり直し。ボールは右にも左にも、手前にも壁際にも飛ばされてムカつくくらいしんどくて、やっと終わったと思った瞬間に床に倒れ込んでしまった。身体がこんなに動かないのは生まれてこの方初めてで、気持ち悪くてその場に吐いてしまうくらい参っている。それでも、しんどいとか無理だなんて言える訳がない。掴み取った正セッターの座は絶対に取られたくないからだ。

「ストップストップ、白布が吐いた」
「ま〜吐いてもおかしくないよネ〜。生きてる?」
「‥すみません、」
「片付けとくから水分補給してこい」

以前まで正セッターだった瀬見が、無理矢理白布の背中を押す。なんでこの人は、と考える暇もなく川西に腕を掴まれて、体育館の端に連れて行かれながら心臓の底辺りがなんとなくモヤモヤした。俺のことなんて放っておけばいいのに、なんて。このくらいで根を上げる自分の身体に腹が立つ。このくらいで彼は吐いたりしない。‥のに俺は。なんて、つい考えてしまった。

分かってる。俺は俺だし、瀬見さんは瀬見さんだ。持ってるものも違う、多分、根っこの部分では同じでも、牛島さんに対して考えていることだって違う。

何枚か抜き取られたティッシュで口を拭きながら次の練習に参加している瀬見をじっと見つめていると、ふいに隣にいた川西がべしんと頭を叩いた。彼だって同じ量をこなしているはずなのに、まだ1回も口から何かを出したりはしていない。

「白布がゲロってんの初めて見たわ」
「うるせえよ‥‥クソ」
「あんま根詰めすぎんなよ」

白布よりもほんの少しだけ先にレギュラーの座についていた彼は、表情も見ずにそのまま言い残すとそのままコートの中に戻って行った。
白鳥沢の正セッター≠ネんて、周りからしたらかなり凄い奴、みたいに見えているのかもしれない。それはもう、学校の名前からそう思わざるを得ないことだ。だからこそ、牛島の足を引っ張る訳にはいかない。彼の全てを引き出すのが、白布の仕事である。そんなに上手くいく訳なんかないけれど、それでも少しだけ頭に血が上りそうだった。

「あー‥」

課題がたくさんありすぎる。コートの中を駆け回るチームメンバーを見ながら、聞こえないように小さく息を吐いた。まだ腹の中が重くて、喉がひりひりする。もう少し休憩したら、さっさとコートの中に戻ろう。ティッシュを掴んでいた掌に力が入って、くしゃりと音を立てた。











「付き合ってください」
「‥ふぁい?」

いやちょっと待て。私まだパン食べ始めたばっか‥ってそうじゃなくて。

とあるお昼休みのことだった。食堂で買ったメロンパンに一口がぶりと噛み付いた所で、随分畏まったような声が聞こえたのだ。もう一度思い出してみよう。「付き合ってください」?だと?誰だ私のことを恋いている奴は、と思って振り向けば、そこにいたのは少しだけ青い顔をした賢二郎だった。随分と死にそうな顔をしているが、それには気付いているのだろうか。冷静沈着な賢二郎のことだから気付いているのだと思いたいが、‥それよりも。

「‥‥‥‥ごめん、話しが読めない」

隣でお弁当を食べていた芽衣が固まったまま視線を彷徨わせながら、私と賢二郎を交互に見ている。脈絡がなさすぎる突然の言葉に、私はどうしていいか分からなくてメロンパンを何度か咀嚼して大きく飲み込んだ。

「今日の放課後。部活の前に体育館集合。偶には俺の我儘だって聞いてくれてもいいじゃないですか」
「いや私そんなに我儘言ったことなくない?てか我儘の内容が少しおかしいのでは‥」
「どの口が言ってんですかね」

じゃあ、と去っていく賢二郎の背中がどんどん小さくなっていく。いや確かに、ここ1週間程度あまり話せていなかった。その間に、彼に何があったのだろうか。かなり大きな心境の変化だろう言葉に、私が戸惑わない筈がない。

付き合ってくださいってなに。
‥付き合ってくださいって、なに!

「芽衣!なに今の!」
「いや私が聞きたいんだけど」
「そんな風に考えたことないってこの間芽衣に話したばっかなのに‥あれなんかのフラグだった‥?」
「だから知らないってば‥!」

分かんない。けど、付き合ってくださいって、そういう風にしか聞こえない。顔が青かったのが気になる所ではあるけど、私もちゃんと考えないといけないってことなのだろうか。考えたことない。‥賢二郎のこと、そんな風に見たことだってないのに。

2018.11.24

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