今日の晩御飯はカレーだった。多分飛雄のお母さんは私を呼ぶつもりがあって既にカレーだと決めていたのだろう。隣の飛雄は例の如く温玉を乗せてガツガツ食べている。‥白いTシャツにカレーのルーが飛んでいるのは気付いているのだろうか。

「飛雄、ついてるついてる」
「あ?」
「全くも〜。相ッ変わらずバレー以外にはとことん無頓着なんだから。ルーが飛んで服汚れてるの!子供か!」
「どうせもう着替えるんだからいいだむごっ」

ちょっと口の中にカレー入ったまま喋るなっての。がばりと自分の掌で飛雄の口を抑えると、むっすりと怒りを含んだ顔付きに思わずぷふふと笑い声が漏れてしまう。ちっちゃい頃はもちろん可愛かったけれど、その可愛さはどこかほんの少しだけ今だに残っている節がある。まあ、生意気になってしまったことに関しても特に否定はしないが、生意気というより、口が悪くなっただけで至って真面目なのだ。飛雄は。

「大きくなったよねえ‥体も言葉遣いも‥」
「?おう」
「最後の褒めてないんだけど」
「は?」
「莉子ちゃんお替わりは?」
「欲しいです!」

やっぱり飛雄の家のカレーは美味しい。よく自分の家のカレーが1番美味しいとは聞くし、もちろんそう思っていない訳ではないけど、多分私がこの家に馴染みすぎたのが原因の1つだろうと思う。少し辛い、少し小さめに切られた具。‥これについては飛雄の温玉を乗せる為に小さくなったのかもしれない。

「‥あれ」

はふはふとお替わりのカレーを口に運んでいると、お皿の横でブルブルと携帯が震えていた。いや今ご飯中だからなあと携帯の画面を伏せようとしが、画面の名前を見て思わずスプーンをぴたりと止めた。

「‥めずらし、賢二郎だ」
「あら、莉子ちゃん彼氏でもできたの?」
「グッ」
「違いますよ〜。1つ下のバレー部の男の子ですよ〜。ごめんなさい、食事中ですけどちょっと抜けます」

携帯を握りしめて席を立つと、まだほかほかと湯気の残ったカレーを置いてその場を離れる為に歩き出した。台所借りていいかなあ。ぽちりと通話ボタンを押す。‥いや、押そうとした。押せなかったのは、背中で聞こえた飛雄の声が珍しく変にイラついてた気がしたからだ。

「食事中に席立つとか行儀悪い奴だな」

ほう。飛雄君は食事中に席を立つことが行儀悪いっていうことを知っていたんですね。まあ私はそれを一言謝って席を立った筈なんですけど。少しだけそんな言い方にカチンときて振り向くと、黙々とカレーを食べたまま私の方は見ていなかった。‥なに、なんで怒ってんだ?

「どしたの飛雄。なにおこ?」
「は?なにおこってなんだよ」
「急になんで怒ってんのって聞いてるの」
「は?別に。つーか電話いいのかよ」
「いや、飛雄がおこだったから聞いてるんじゃんか。てか行儀悪いとか言っといてその言い方はなによ」
「‥」
「まあまあ2人とも」

おい無視か。まあでも、こういう時の飛雄は一旦無視するに限る。小さく溜息を吐いて飛雄のお母さんにももう一言断りを入れると、さっと台所に足を踏み入れて通話ボタンを押した。

「はい」
『‥蜂谷さん、スタメン、』
「へ、あ?賢二郎?どした?」
『俺、‥スタメンになりました』
「はい?」
『スタメンです。次から』
「‥‥。はっ!?嘘!!スタメン!!?セッタースタメン!!?ほんと!!?」
『うるさっ‥!!』

そういえば、なんか噂でスタメンを決める為の練習試合があるとかなんとか言ってたような。つい大声が出てしまった口を慌てて押さえて、息を整える。‥賢二郎が努力してたのはもちろん知っているし嬉しい。めでたい。開口1番から切羽詰まっていたのか、矢継ぎ早に賢二郎の口からは出るのはスタメンという単語ばかりだが。いや、何度も言うけど嬉しい!!

‥けど、まあ前任だってもちろんいたわけで。

「そっかー‥!でもそしたら瀬見君は‥スタメン落ちしてしまったかあー‥」
『複雑ですよね』
「そりゃあねえ‥」
『‥それでも、俺はもうこのポジション守ることしか考えられないので』
「ウッシーと念願の公式試合に、一緒に出れるんだもんねえ」
『蜂谷さん』
「ん?」
『また練習付き合ってくださいよ、貴女のおかげでもあるんですから。たくさんトスに関して文句いただいたので』
「だから言い方!」
『っはは、』

電話の向こうで笑い声がした。ん‥?笑い声?嘘、今賢二郎笑った‥?いつもぶっきらぼうで眉間にしわ寄せて、学校私に呼ばれるといっつも「ゲッ」て顔する癖に、顔の見えないこの状況下で堪え切れずに笑った‥だと?なにそれ超レアじゃん。超見たいんだけど。

『また誘ってくれるの楽しみにしてます、』

ちょっと待ちなさい、その言い方どうにかしてほしいな。練習に呼んでくれるの、とか言いなさいよ。男子高校生。

2017.07.21

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