いつもの時間に、いつもみたいに家の前を通ると必ず出てくるのを知っている。憧れだったのに、その憧れを超えて好きだと思ったのがいつだったのかなんてもう覚えていない。俺が小学生に入る前、小学生だった幼馴染が初めてバレーボールをしている姿を見た。俺がバレーボールを始めるきっかけだったかもしれない。そう言える程に、2つ歳上の莉子はキラキラ輝いていたから。

「‥ボゲが」

‥無言のまま、その場で足踏みすること5分程経っただろうか。

いつもなら。いつもならもう家から出てくる時間の筈なのに、ちっとも出てくる様子がない。莉子と同じ高校に行きたかったけど、入試が意味不明で不合格。進学したのはバレーボールの元強豪・烏野高校。教頭のヅラを吹っ飛ばし(つーか吹っ飛ばしたの俺じゃねえけど)、それが原因でつい最近まで部活に参加すらさせてもらえなかった。

「あれ、飛雄。もうロードワーク?早いね〜」

聞こえてきた声に振り向くと、目を丸く大きくさせた莉子がいた。どうやらまだ帰宅すらしていなかったらしい。こんなところで立ち止まっていた俺を気にすることなく、耳についていたイヤホンを外して笑った。

「いつもこの時間だろ。莉子は今帰りかよ。ロードワーク行かねえの?」
「行くよ!けど時‥あ、時計ずれてる!?」

白鳥沢の制服を着ていた莉子は慌てて家の中に飛び込むなり、ドタンバタンと大きく音を立てながら数分後に練習着の格好で俺の前に出てきてまた笑う。いやあ、ごめんごめん。ごめんじゃねえよ、つーか別に待ってねえし。‥とは、口には出せない。そんなことは少しも思っていないから。

「‥なんか飛雄、また身長伸びた?」
「は?ロードワークでいつも会ってるのに、そんなに急に伸びるもんなのか?」
「なんか、いつもより目線の位置が1センチ違うような気がする‥」
「じゃあそうかもな」
「男子こわっ!私もあと少しだけでいいから伸びないかな〜」

頑張って背伸びをしながらよしよししようと手を伸ばす莉子の姿に、少しだけで屈んで頭を向ける。昔は俺の方が低かったというのに、いつの間にか彼女の身長を追い越してしまって、まざまざとこいつが女なんだということを痛感させられることが多くなってきた。特にここ最近は月刊バリボーに特集されることもあってか、話題にされることもある。俺だけが知っていると思っていたスパイクを打つ時のキラキラした瞳だって、写真に撮られているし。正直、イライラしてしまう。

「飛雄、烏野どう?」
「多分、すげえとこ」
「?すげえ、とは」
「皆真面目だし、嫌いじゃない。けど、部活参加して間もないからわかんね。でもすげえやついる、ヘタクソだけど。そんだけ」
「ほお。飛雄にそんなこと言わせる奴がいるとは見てみたいね」

軽くストレッチをしている莉子は、俺の方を見ながらふわりと微笑む。‥ほら、まただ。俺を置いてどんどん綺麗になっていくから、俺は平常心と心の中で唱えないといけなくなる。

「さーって。行きますか飛雄君」

そう言いながら俺に背を向けた姿は、いつか必ず追い越したいと思っている姿だ。そうして追い越した時にこそ言いたい。俺は、ずっと莉子が好きだったと。まだ未熟なままの俺では何も伝えきれないから、その為にも強くありたいと思っているし、そうじゃないといけない。

「莉子」
「ん?」
「先に負けた方がぐんぐんヨーグル奢りな」
「え‥ちょ!?待て飛雄ッフライングはだめ!!許さん!!」

だから、今だけはこの関係でいてやろうと思う。その決意が揺らがないように、俺は一足早く走り出した。

2017.05.09

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