「賢二郎トスひっくいんだけど。超打ち辛い」
「は?」

トスあげろって言われたからあげてやってんのになんだよ。ムカついたけど一応先輩だから睨むだけにしておいた。そもそも部活が休み中の体育館で、わざわざ人を駆り出しておいてそんなこというか普通。ボールをぶつけてやりたかった衝動は、高くトスをあげることによってなんとか回避した。相手が推薦入部予定の1年・五色だったらボールは既にぶつけている。‥まあ、あの性格上言うわけはないだろうけど。

「‥だったら瀬見先輩にでも頼めばいいじゃないですか。俺まだスタメンじゃないんですよ」
「瀬見君付き合ってくれないもん。文句多いって言われるし」
「本当ですよね。瀬見先輩の気持ちがまじでよく分かります」
「オブラートに包め!私は素直なだけです!」

自分で言うなよ。

3年の蜂谷莉子(先輩)は、白鳥沢学園女子バレー部のエースで、キャプテンで、バレー馬鹿だ。あの牛島さんも一目置くぐらいだから実力が相当だというのはよく分かっているし、‥分かってはいるけど、この人苦手なんだよな。こういう風に無理矢理付き合わせている癖に容赦がないし、自分が満足するまでは解放してくれない。無論、こっちがヘトヘトになっていてもだ。この間天童さんがブロック練習に連れられて数時間後に死んでいた(多分あれは死んだフリだけど)。

「ていうか、いつも思うんですけど‥女子組は付き合ってくれないんですか?」
「皆リア充」
「うわマジ可哀想ですね」
「あと50本は上げてもらうから」
「正気の沙汰じゃねえ‥」
「はい!上げて!上げて!高めね!!」

おっさんみたいなノリで言うな。転がっていたボールを手に取って、溜息交じりに高くトスを上げる。

知っている。この人はどんなトスだって綺麗に打ち込むことができるけれど、1番打ちやすい、ベストポジションにボールが上がった時、子供みたいな無邪気な顔をすることを。日の光が反射して、飛び立っていく鳥みたいに綺麗で、只管に眩しい。この角度からその姿を見ることができるのは、セッターの特権である。‥そもそもそういうのを見ることができたからこそ練習に付き合っているだけなのだけど。

「‥ナイスキー」
「うーん、今のセットアップ素晴らしいです流石賢二郎君は出来る子!」
「どうも」
「さすがウッシーの見込んだ男!」
「なんですかそれ」
「この間ウッシー褒めてたからさ。"白布は腕が良い"だって!やっぱスタメンも近いんじゃない?次回の公式スタメン発表に期待だね」

牛島さん、そんなことを言ってたのかと、ついにやけそうになる頬を締める。

「‥頑張ってるのは皆同じじゃないですか?」
「ウッシーは建前とか言う奴じゃないでしょ。見込みアリだと思うな。あ、でも瀬見君のことも応援してるんだから勘違いはしないでねー」
「つーかウッシーってやめてください。イメージ崩れます」
「そう?」

それよりもはい!もう49本!‥って、この人は本当に50本打つつもりなのか。‥しょうがない。途中から回数を誤魔化して数えるしかないようだ。

「‥はあ」

溜息は何度だって出る。けれどバレー馬鹿な蜂谷さんは嫌いではない。俺だって相当なバレー馬鹿なんだ。理由なんてそれだけだ。

2017.05.03

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