帰り道、東峰君とのお喋りは意外にも弾んでいた。少し前まで部活をサボっていたことがあったとか、澤村君と菅原君のこととか(2人の元気がなかった時期があったのは成る程そういうことがあったからだったのか、とも納得)。

「東峰君は2人のこと大好きなんだね」
「3年間一緒にバレーやってるからなあ」

私と同じペースで歩いてくれる所とか、へにゃりと笑う顔がなんだか可愛くてこっちもなんだかほわりとする。ちょっと前まであった、怖いというイメージが完全に払拭された。ごめんね東峰君。特にバレーの話をする時は、2割り増し程楽しそうなのがまた羨ましい。私特に趣味とか特技ないし。

「知里さんは部活やってないんだ」
「うん」
「じゃあいつも1人?それは危ないよ‥」
「やだなあ、そう簡単に襲われたりしないよ。そんなか弱い女の子じゃないもん」
「いやいや!通り魔とか痴漢とか‥この辺暗いし、気を付けた方がいいべよ」
「じゃあ今日は東峰君いるから平気だね」
「お、俺じゃあ心許なくない‥?」
「そんなことないよ、ありがとう」
「そんなお礼を言われるような、ことは‥」

うわ、風がきた。擬音で表すと、ビュッ!ブンブン!みたいな感じで大袈裟に首を振った東峰君は、顔を青くさせたり赤くさせたりしながら大きな体をへこへこさせている。超大型‥の臆病犬‥。部活でもこんな感じなんだろうか‥。高校最高学年で、学年一怖いだろうと思っていた人の驚くべき裏の姿は、意外と親しみやすい人だ。ぼんやりとそんなことを考えながら暗い夜道を歩く。

「っていうか今更なんだけど、東峰君こそ菅原君達と帰らなくてよかったの?」
「いつでも一緒に帰れるからいいんだって」
「部活後って、なんかミーティング?みたいな、帰りながら話さないの?澤村君主将だし」
「それは次の日でも話せるから‥って、もしかして俺に送られるの凄く嫌だった!?いやでも、女の子1人でこの闇の中を歩くのは‥!」

闇の中って。

「そんなこと思ってないよ!ほぼ初対面の私を心配してわざわざ送ってくれるなんて逆にありがたいくらいで‥あ、それで、結局東峰君のお家はどこなの?この辺なんだよね?」
「あ‥‥‥‥‥‥アッチ‥?」

ふと思い出した疑問を、首を傾げて口に出してみた。もうすぐ私のお家も見えてくる。ここまで来るからには割と近所なのかもしれない。‥なーんて、ここまで歩いてくるまで漠然と思っていた。のに、疑問符をつけて、カタコトで「アッチ」と言った東峰君が指を差した先は、学校方面。つまりはまあ、そういうことか。

‥‥‥‥ん?

「‥東峰君‥‥逆っていうか、菅原君と帰る方向一緒じゃん‥!!」
「や、だって、知里さん絶対断ると思って‥」
「当たり前だよ!もう、ごめ、ごめんね!」

東峰君は本当に、超が付く程優しいということがよく分かった事件である。問答無用で腕をばしりと叩くと、いて、なんて申し訳なさそうに笑った。申し訳ないのは私なのに。ここから学校まで戻っても20分くらいかかるのに、もしかしたら東峰君は家に帰り着くのに3、40分くらいかかるんじゃないだろうか。酷い!楽しくお喋りしている場合じゃなかった!きっと部活終わりでお腹空いているだろうに!

「東峰君、ここまででいいよ、もうすぐ着くから!あとこれあげる!」

鞄から取り出したのは、お腹が空いては力が出ないからといつも家から持ってくる朝のエネルギー源カロリーメイト(チーズ味)。ええっと後ずさる東峰君の手に無理矢理握らせる。‥‥私よりも一回りかそれ以上に、大きな、手。

「カロリーメイト‥?」
「つ!疲れてるのにありがと!また明日!」

また明日って、同じクラスでもないのに何を言っているのか!吃驚するほど心配性で優しい大きな東峰君の瞳に私が映っている。急激に恥ずかしくなってきて、慌てて手を離して彼に背を向けた。

何かを言われる前にダッシュで駆け出して、でもちらりと後ろを見た。東峰君はぽかんとしていたけど、私が振り向いたことに気付いてそっと小さく手を振ってくれている。‥‥何あれ、っていうかなんか心臓煩いんだけど。

2016.11.10

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