「那津ちゃんはどういう人がタイプ?」

半分程お腹が一杯になった所で黒尾先輩が脈絡もなくそう言った。いや、脈絡もなかった訳じゃない。私に聞く前に円ちゃんに同じことを聞いていたから多分回ってくるだろうなと思っていた。けれど、円ちゃんの話が大して面白くなかったからってものの数秒で私に回ってこようとは。まさかこんな所で「タイプは赤葦君なんです」なんて言えるわけがない。オレンジジュースをなんとか飲み込みながら、必死に言葉を考える為に脳内をフル回転させた。無論、何も思い浮かぶ訳がない。

「ちょっと黒尾先輩、自分は何も言わないなんて卑怯だと思いますけど〜」
「俺は謎を秘めた男でいたいんです〜」
「黒尾も早く良い女の子が見つかるといいな!な!!頑張れよ!!」
「木兎には言われたくねえ。つーか痛えよ背中思いっきり叩くな」

ばし!ばし!!と大きな音を立てて黒尾先輩の背中を叩く木兎先輩。‥そうしてちらりとその隣を見ると、呆れたような目でサラダをつついている赤葦君が追加のジンジャーエールを頼む所だった。‥私のグラスからもオレンジジュースがなくなってしまう。

「小鳥さんは何にする?」
「え?」
「グラス空だけど」
「あ、え‥っと、カルピスでお願いします」
「カルピスね。伊野さんは?」
「ほらー、黒尾先輩も木兎先輩も赤葦君見習った方がいいんじゃないですかー?私はオレンジジュース追加!」

ああ、なんだ吃驚した。私のグラスだけに何も入っていないことに気付いた!?‥なーんて一瞬思ったけどそんなことないよね。空になったグラスを傍に避けると、肩に入っていた力が抜けた。なんか、私ばっかり焦ったりして馬鹿みたいじゃないか。赤葦君が時折変な行動を起こしたりするのは本当にからかっているだけなのだから、気にしたらダメなんだ。

「で?那津ちゃんまだコッチの話しは終わってないよ〜?」

そうして数分後、冷たいグラスに注がれたカルピスが運ばれてくると、黒尾先輩が思い出したように話を掘り返してきたものだから、ギョッとして目を丸くしてしまった。‥もう話しは流れたものだと思ってたのに!

「円は小鳥の好きな人とかしんねーの?」
「だから木兎先輩、私だけなんで名前呼びするんですか!」
「伊野って呼びづらいから!」
「さいってい!!」

ちょっとなんでまだそこで喧嘩が始まっているんだ。ぎゃいぎゃいと煩い木兎先輩と円ちゃんは別に付き合っているわけではない。‥わけではないのだが、どこかサークル公認‥?みたいな所があるからか2人の間に何かあるのかなんて聞こうとする人はいなかった。つまり悪く言うと、面倒臭くなるのが目に見えているからだと思う。‥そんな2人を端に置いて、とうとう黒尾先輩と赤葦君と私という謎の空間が出来上がってしまった。

「那津ちゃんってちょっとMっぽいよね〜。ちょっとSっぽい人がタイプだったり?」
「わ、私は気が合う人がタイプなんで!別にMとかSとか、‥そんなのないんで‥」
「へー。じゃあ俺と那津ちゃんっていうのもなくはねえよな〜?なあ赤葦〜」

は?‥いやなんでそこで黒尾先輩と赤葦君が出てくるかな!!?そこでもし赤葦君が「はあ、そうですね」なんて言おうものならだいぶ凹んでしまう。やめてくれなんのフラグですか!にこにこと笑いながら赤葦君の返答を待つ黒尾先輩に、私は持っていたお箸を投げつけようとした瞬間、赤葦君は触れていた私の足を少しずつ絡め取りながらジンジャーエールを口に含んでいた。‥さっきから、なんだろう‥恥ずかしいことこの上ないんですけど‥?!

「ないと思います」
「へ?」
「だから、黒尾さんと小鳥さんはないと思います。というか、小鳥さんって黒尾さんのタイプじゃないですよね」
「そう?可愛いから俺は好きよ?」
「そもそも黒尾さんに小鳥さんは勿体無いと思いますよ」
「じゃあ赤葦は誰だったら許せるわけ?」
「それは会ってみないと分からないですね」

ニヤニヤ顔の黒尾先輩と、その会話に対して冷静に対処する赤葦君。奥ではまだ木兎先輩と円ちゃんがぎゃいぎゃいと騒いでいるが、どうやら私はこの空気に耐えられていないらしい。頼んだカルピスは一瞬にして底をついている。時計を見ると日付を超えそうになっていたので、私は慌てて店員さんお呼び出しボタンを押したのだった。

2017.09.07

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