「赤葦クン。最近なんかすっごく楽しそうじゃないデスカ?」

大学のサークル終わりに、突然逆コートで聞こえてきた黒尾先輩の声。思わずびくりとしてボールを落としてしまったが、周りから変には思われていない。セーフセーフ。そうして聞き耳を立てながら片付けていると、黒尾先輩の上からまた声が被さった。

「俺とあかーしの間に隠し事なんてあるわけないよな!な!?」
「秘密の1つや2つあってもおかしくないでしょう。俺だって人間ですよ」
「あかーしが俺に隠し事なんて許さーん!!」

ドキドキドキ。赤葦君のことだ、絶対に言わないとは思っているが、秘密の1つや2つって‥黒尾先輩なんて何かに勘付いてもおかしくないのに。そうやってこそこそしていると、後ろから肩をぽんと叩かれて飛び上がった。

「まっ‥円ちゃん!!?」
「は?いやそんなに吃驚する?さっきから呼んでたんだけど‥」
「え、う、はは、ごめんごめん‥‥ちょっと考え事してて‥」
「?あ、それよりさー、今日一緒に帰ろうよー。久しぶりにご飯も食べに行きたいしさー」
「ご飯かあ。うん、行こ行こー!」

まあ、帰りは適当に円ちゃんと道を分かれて誤魔化せばいいもんなあと考えて円ちゃんのお誘いに乗っかった。最近外食とかしてなかったもんなあ。今日は木曜だし、あとで赤葦君にメールしておこっと。そんなことを考えながら片付けも終え、着替えようと一緒に更衣室へ向かう。何食べるー?パンケーキ!‥だなんて、夕食の筈なのに的外れなことを言う円ちゃんを笑っていると、突然円ちゃんが振り向いた。‥‥円ちゃんの目の前には黒尾先輩がいる。

「なに、円ちゃん達も飯行くの?」
「黒尾先輩!なんで知ってるんですか?」
「話聞こえちゃってさ〜。俺らも今日飯行くんだよね。ご一緒にどう?ちなみに俺と木兎と赤葦なんだけど」
「え‥い、いいんですか?」
「別に構わねーって。なあ?」

なあ?と聞いた先にいた赤葦君は、「よかったら」なんて余所余所しくいいながら口元はほんの少しだけ笑っている。そ、そんな顔してたらバレちゃうよ‥?その目の前を木兎先輩が遮ったことで焦りは消えたが、ぱちりと一瞬だけ視線が合った黒尾先輩に、なんだか意味深な笑みを向けられた。‥‥気がする。なに‥?私の気にし過ぎだといいんだけど‥。












「はい、じゃー今日もお疲れさん」

キーンとガラスの音が響く。黒尾先輩達がよく行きつけてているらしい居酒屋に入ると、手慣れたように店員さんから個室へ案内された。黒尾さんと木兎さんはお酒、私と円ちゃんと赤葦君はまだ法律上飲めないので、ジンジャーエールだったりオレンジジュースだったり。そうして乾杯をしていきなりビールを飲み切った2人。‥いったいどれくらい飲むんだろうか。

「っていうか、黒尾先輩が誘ってくれるって珍しくないですか?」
「そういう気分の時とそういう気分じゃない時がありまして、今日はそういう気分なんですよ。ねー那津ちゃん?」
「ぐふっ」
「‥なんか那津、今日情緒不安定だね」

いやだって、突然話ふられると驚いちゃうじゃんか。私の隣には円ちゃんで、目の前にはメンズ3人組。黒尾先輩に何かを掴まれているような感覚に、生きて帰れる気がしない。ちらりと赤葦君を見ると、なんてことないような顔でジンジャーエールを飲み込みながら甲斐甲斐しく木兎先輩の世話を焼いている。

「っていうかよー!今日の小鳥は中々のVMPだったよなあー!」

‥ぶいえむぴーとは???

「木兎さんMVPです」
「それ!あの変形サーブ俺も真似してんだけどよお、中々上手くいかねーの!」
「那津は高校の時からサーブ凄かったもんね」
「サーブしか取り柄なかったから‥」
「取り柄があるのはいーことだぞ小鳥!!そうだよなあ黒尾!!」
「うるせーぞ木兎。もう酔ってんのか」
「いつものことじゃないですか‥」

赤葦君の呆れ顔に思わず私も苦笑い。ここの掘り炬燵式のテーブルいいなあ、なんて全く関係のないことを考えながらきょろきょろしていると、ふいに足が何かにぶつかった。

「、ぁ、」

誰かの足に当たってしまったんだろう。謝ろうと声が出たけど、その足が赤葦君で、そして赤葦君がわざと当てたということに気付いてつい音声を引っ込めてしまった。目の前で、こっそり皆から見えないようにシーッとする赤葦君はどこか楽しそうだ。当たった足はまだ触れている。‥黒尾先輩の話しが全く頭に入ってこなくて、運ばれてきた長芋グラタンをぱくぱくと無心に食べる他、私には気を紛らわす手段が思い浮かばなかった。

2017.08.03

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