ぴー、ぴー。

とある平日。久しぶりの連勤だったバイトも終わり、無事帰宅。洗濯機のボタンを推して40分程経っただろうか、とても可愛らしい音が洗面台の方から聞こえてきた。あー、やっと終わった、と深く息を吐く。お洗濯は下着のこともあるので赤葦君とは分けていて、今日は私の日だ。この部屋に居候してから買ってしまった、赤葦君が好きだという白の下着が洗濯機に入っている。‥別に見せる機会なんてないんだけど、好きな人が好きだって言うんだもん。‥普通買っちゃうじゃん。逆に買わない人がいるなら疑問に思っちゃうよ。

「赤葦君‥まだお風呂出ないよね‥?」

こっそりと洗面所を覗いてみると、ドアの隙間からもわもわとまだ湯気が出ている。私が洗濯機を回してから数10分後、先にお風呂もらうね、と赤葦君は浴室へ入って行ってしまった。浴室と洗濯機は目と鼻の先だけど、‥いいよね別に。だってさっき入って行ったばっかだもんね。ちなみにマシロも今赤葦君と一緒にお風呂に入っているんだけど、なんでマシロばっかりなんかずるい。いやだから!!別に赤葦君の裸見たいとかじゃなくてですね!!

「赤葦君、‥赤葦君、聞こえる‥?」

いつものボリュームでドア越しに声をかけてみたけど、どうやら気付く気配はないらしい。さっと行って、さっと居間に戻ってくればいいかとそそくさと足を急がせ、洗濯機を開けた。うわあ、さすが少しだけ奮発した洗剤液体‥フローラルの‥

「ごめん、呼んだ?」
「えっっ」

カラリと弱々しく開いた扉から、ぽたぽたと雫を垂らす赤葦君の顔が見えた。途端にぶわりと広がる湯気、そして匂い。いつも私も使ってるシャンプーの匂いだ。ひょっこり顔だけ覗かせている赤葦君だけど、とてつもなく漂う濡れた色気は一体。‥いやその前にだ。

「‥っちょ!!?あ、ああああ開けなくていいんだけど!!!!」
「そうなの?マシロに用かと思ったんだけど」
「違うよ!!洗濯物取っていいかなって聞こうとしただけだってば!!」
「そう。だって、マシロ」
「にゃう〜」
「閉めていいよ‥!ごめんね!!」
「あ、マシロ頼んでいい?洗い終わったから拭いてあげて」
「分かったから、っぎゃ、」

はい、と毛が濡れたせいで細くなったマシロをタオルで包み、受け取ろうと腕を伸ばす。が、くいっと軽く引っ張られた片腕がぺたりと赤葦君の胸板に触れてしまった。熱い。当たり前だが熱い。そして硬い。

‥ていうか、何やってくれているんだ赤葦君は。私はここからどうするのが正解なのか分からないし、むしろ思考を放棄している状態だ。へたりと床に座り込んでいる私と、浴室で座り込んでいる赤葦君。ドアを隔てて謎の無言。そうしてそれに耐えられなくなったのは、私達人間よりも猫のマシロだった。

「にゃーあ!」
「ご、っごめんマシロ!体拭かなきゃね!!」
「‥ねえ、」
「はい"っ!!?」
「俺も拭いてほしいって言ったら怒る?」

ふいてほしい‥fuitehoshi‥フイテホシイ‥

拭いてほしい?

理解が追いつく前に勝手に顔が熱くなった。ぼぼっと火が付いたみたいに熱くなった後、触れていた赤葦君の胸板から慌てて手を離す。からかってそういうことを言っているのは分かっている、本当に分かっているのだ。

「冗談だよ、ぶふっ‥」
「あーかーあーしーくーんー‥!!」
「その顔禁止。可愛いから」
「冗談ばっかり言ってると本当に怒るよ!?」
「ホントだよ」
「あか、」
「小鳥さん可愛いよ、ホントに」

赤葦君の前髪からぽたりとまた落ちた雫が、今度は私の腕を濡らした。ねえ、真顔で何言っちゃってんのこの人は。そんなことを言われて、勘違いしない女の子なんて絶対いないと思うんだよね。ほら、早く笑って言ってよ。「だから、冗談だってば」って、呆れたようにお腹抱えて笑ってよ。

ぽかんと開いたままの口をあわてて閉じると、お風呂の扉を勢いよく閉めて大きく深呼吸をした。マシロ、君がいてくれて本当によかった。‥まだ手に残ってる。お湯の熱さと、赤葦君の胸板の硬さ‥‥

「ッ、」

ああ!なんか私変態みたいじゃんか!!赤葦君のバカ!!!

2017.06.22

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