「ご注文は以上でよろしいですか?」
「よろしいです!休憩なのにありがとな小鳥〜!超美味そう!食うぞ!俺は食う!」
「煩いので静かにしてくれませんか」

小さな喫茶店の店内で、大の男が声を大にして叫ぶなんて迷惑の極みだ。パンケーキを目の前にして瞳を輝かせるその木兎さんの姿はさながら幼稚園児で、そんな姿を見てぷふふと言いたげにお盆を持った小鳥さんが顔を震わせている。‥余談だが、ここの喫茶店の女の子の制服は中々に可愛い。薄いブルーのデニムシャツにぴたりとした膝丈のスカート、ストライプのエプロン。うん、前々から思ってはいたが、やはり目の保養だ。

「ちょっとやだ赤葦君ったら。そんな厭らしい目で那津ちゃんのこと見て」
「‥前から思ってたんですけど、ここの喫茶店の制服可愛いですよね」
「あのタイトスカートたまんねーよなー」
「黒尾さんじろじろと見すぎです。まるで変態じゃないですか」
「すごく責任転換された気分だわ」

俺達の会話なんて聞いていない木兎さんは、パンケーキに夢中だ。黒尾さんと2人で小鳥さんの制服を見つめる俺も中々の変態なのだろうか。いや、ただの男の性だと思っているから気にはしない。目の前のピザトーストに手をつけながら、今日の夜ご飯なんだろうなあと考えた。失礼なことだが、意外にも小鳥さんは料理上手だ。最近夜ご飯が少し楽しみだったりする。‥なんて、隣に黒尾さんや木兎さんがいる所で言えやしないけど。

「あ、そーだ赤葦。今度の飲みなんだけどよ、赤葦の部屋でしねえ?」
「‥‥はい?」
「いっつも居酒屋とかで変わり映えしねーじゃん?ついでになんか酒の肴でも作ってくれると黒尾先輩すごく嬉しいんだけど」

にこやかに笑顔を浮かべる黒尾さんに、俺はつい呼吸が止まった。いや、絶対に嫌だ。そもそも2人が以前家に遊びに来た時、散らかされた挙句に片付けもせず勝手に寝て、勝手に帰って行ったのだ。そんな前科を持ち、それを覚えていてのお誘いだとしたらこの人も相当狂っている。そもそも、今は誰にも内緒で小鳥さんと一緒に生活しているわけだし、2人を連れてくるなんてことはできるわけがない。まあ、例え小鳥さんと一緒に住んでいなかったとしてもごめんである。

「黒尾さん、忘れたとは言わせませんよ。俺の部屋を大惨事にしたこと」
「ありゃ木兎のせいだろ。俺は単なる巻き添えだっつーの」
「そういうわけなので、俺の部屋で飲みは当面の間禁止です」
「えーーーーーっ」
「いつもの居酒屋にしましょう。すみません、ちょっと俺お手洗い行ってきます」

ブーブーと文句を垂れる黒尾さんとパンケーキにずっと食らいついている木兎さんを置いて立ち上がると、奥のトイレへと足を向けた。そういえばバイトのシフトまだ出してなかったな、なんてぼんやり思い出していると、後ろから誰かがそっと近付いてきた気配に気付いて振り向いた。

「小鳥さん」
「うわわっ」

慌ててぴたりと足を止めた小鳥さんの身体が、小動物みたいにびくりと跳ねた。いや驚くのは俺の方じゃないだろうか。皆から見えない死角でおどおどと話し出そうとする姿に吹き出しそうになって、耐えた。

「あの、さっきの話しなんだけど‥聞こえちゃって。私のこと気にしてるなら私友達の家にでも行くよ‥?」
「え?」
「ほら、居候してるのって私じゃない?なのに私がこれ以上迷惑とかかけたくないっていうか‥黒尾先輩と木兎先輩って赤葦君と仲良いし‥」

さっきの会話を聞いて、何故俺が断ったかをあまり理解していないらしい小鳥さんの言葉に小さく溜息を吐いた。全く以って彼女には関係のない理由がほとんどなのだ。むしろ居てくれて助かった、くらいのそんな気持ちもあるくらいなのに。それなのに、周りをキョロキョロと気にしながら「それに先輩との約束は〜」等と言い出しているものだからほんとに根が真面目というか。あの2人に合わせていたら俺の身が持たない、というのを小鳥さんにも分かっていただきたい。‥まあ、それを分かってもらうのはまた今度にするか。

「小鳥さん」
「はい!」
「俺別に小鳥さんがいるからって理由で断ったわけじゃないからさ。むしろ居候してくれてありがとうって思ってる所もあるし」
「‥へっ?」
「今日の夜ご飯何?」
「あ‥適当に、鯖、味噌とか‥‥」
「そう。じゃあ今日も楽しみにしてるから」

ぼそり。皆に見えないからってちょっと調子に乗った俺は、まるで付き合っているみたいな距離感で、耳元にむかってそう口にした。彼女に近付いた時にふわりと安心する香りがしたのは、俺と一緒の部屋に住んでるからか、それともお風呂で同じ物を使っているからか。

「っ‥赤葦君近い‥!」
「ごめんごめん。じゃ、また後でね」

後でね。なんていう響きも、最近なんだか自分で言ってて嬉しくなる。帰ったらマシロにおやつあげないとなあと考えながら、後ろで必死に顔を手で扇ぐ彼女を盗み見して頬が緩んだ。ごめんね小鳥さん、でもいじめた時の顔が可愛くてつい。

‥ついなんて理由、きっと彼女は頬を膨らませて怒るんだろうなあ。

2017.06.15

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