「那津ちゃん、2番席のツナサンドランチ」
「はい!」
「それ終わったら休憩入って良いよ」

とある小さな喫茶店。ここで私はアルバイトをしているわけだけど、久しぶりに来たらお客さんでごった返していた。この辺で何かあったのだろうかと思う程には多い。そうして忙しなく働くこと3時間、やっと休憩に入っていいとのことで裏に回ると、違う大学で1つ上の夜久さんがお弁当を私に差し出してきた。黒尾先輩と同じ高校で、同じ歳らしい。夜久さんは家がこの近所で、私より先にここで働いている‥所謂アルバイトの先輩だ。

「お疲れ。久々だな、もう大丈夫なのか?」
「あはは‥‥まあ、なんとか‥」
「にしても不運だったな。言ってくれればなんか手伝ったのに」
「ダメですよ!彼女がいるのにそんなこと!」
「なんの心配だよ。言われなくても一筋だから安心しろっての」

ふは、と笑う夜久さんには、高校から付き合っているという彼女がいるらしい。写真でしか見たことはないけど、とても可愛らしい人で、ふわふわとした女の子という表現がしっくりくる雰囲気だったのをよく覚えている。2人でお弁当を開けていると、また賑やかな声がお店に響いてきて大変そうだなあと苦笑い。

「肉野菜炒め入ってるじゃん。ラッキー」
「結構前はカニクリームコロッケ入ってたんですよ。ここの賄いのお弁当ほんと美味しいから嬉しい」
「それ言うの5回目くらいじゃねーか?」
「だって本当のことですもん」
「否定はしねーけど。‥それより那津、赤葦とはどう?」
「グフッ」

肉野菜炒めに入っていた鷹の爪が気管に入って痛い。咳き込んでいると、マスターが裏まで出てきて飲むヨーグルトを置いていってくれた。無口なマスターだけど、実はとても優しい人で本当によくしてもらっている。‥と、そんなことを言っている場合ではない。というか、こんなにあからさまに反応していては一緒に住んでいることがバレてしまうような気がする。‥いやそれはないか。

「前に好きな人が赤葦って言ってたし、なんか進展あったのかと思って聞いただけなんだけど‥那津、お前動揺しすぎじゃねーか?」
「げほ、いだ、げほっ!」
「ごめん、ほら、飲むヨーグルト」
「ず、っみまぜ‥」
「赤葦なあ‥確かに男から見てもカッコいいよな。クールだし」

何回も言うのやめて。実際夜久さんには確かに何回か相談はしたことがあるけど、このタイミングはダメだ。飲み込んだ飲むヨーグルトがなんとか辛味を軽減させてくれたが、気管に鷹の爪が入ったせいで咳き込みは中々止まらない。じいっと夜久さんが私の顔を眺めながら呟いている。だからほんとやめて。

「‥あれ?そういえばどこ住んでんの?」
「あっ‥の、大家さんが経営してるっていう他のマンションに‥」
「まじか。よかったなー!じゃあ、無事だったお祝いにこれやる」
「?」

ガサリと渡された白いビニール袋。中を覗いてみると、レトルト食品やお菓子が詰まっている。ええ、これどうしたんだろう‥?困惑して夜久さんへ視線を寄せると、屈託のない笑顔でニッと笑っている。うわあ‥母性を感じるのは何故‥?

「ちゃんと食えよ?」
「お母さんみたい‥」
「あのな。俺はそれなりに心配してんだぞ」
「ありがとうございます!助かります!」

これがあれば赤葦君も食べたい時に食べれるよね。そう考えていそいそとトートバッグにビニール袋を仕舞っていると、奥から聞き覚えのある大きい声が。夜久さんと顔を合わせて何事かと思っていると、苦笑いをしたマスターがひょこりと出てきて、私と夜久さんを手招きしている。‥何事?

「ちょっと‥休憩中って言われたのに何無理言ってるんですか木兎さん」
「おー、那津ちゃん久しぶりー。元気かー?」
「ヘイヘイ小鳥〜!!大丈夫か?!生きてるか!?死んでねえか!!?」

目の前のカウンターに座る3人衆が目に入って、私は思わず後ずさった。黒尾先輩、木兎先輩、赤葦君。開口一番失礼だな!!多分、木兎先輩は心配して言ってくれてるんだと思うが、なんだか軽い調子に聞こえてしまうので思わず頬っぺたが膨らんだ。その横で赤葦君が「ごめん」と口パクをしながら謝っている姿を見て、首をゆるりと横に振る。なんだか、皆のいる前で秘密事を共有しているのがいけないことみたいだ。‥ちょっとだけ恥ずかしくなった。

2017.05.29

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