「家燃えたってほんと?!」

2限目の授業1分前、ばたばたと教室に入ってきた彼女と視線が合うや否や、猛ダッシュで隣に座り込んできて肩を鷲掴みにされた。彼女 -- 伊野円ちゃんとは、大学に入学してから初めてできた友達で、同じバレーサークルに入っている女の子である。

「おはよう円ちゃん」
「おはよ!で、大丈夫なの?!」
「う、うん、とりあえずは」
「連絡してくれればよかったのに!今寝床とかどうしてんの?!大丈夫!?」

絶対聞かれるだろうなあとは思っていたよ。そもそもテレビでもやっていたし、私の家を知っている円ちゃんなら尚のことだ。だから、住まいのことを聞かれたら、とりあえず内緒にしておこうかという赤葦君の発言で私も迷わず首を縦に振ったのは記憶にも新しい。付き合ってもない男女が同じ屋根の下に住んでいるなんてのは、常識の範囲外にあたるのだ。人によると思うけれど。

「お、大家さんが他のマンションに空きあるからって、そこにいるんだよね‥」
「そうなんだ。じゃあよかったね、まったく‥路頭に迷ってるのかと心配してたんだから!っていうか連絡くらいしなさいよ」
「ご、ごめん‥バタバタしてて‥」

安心したように教科書を取り出す円ちゃんを見ながら、そっと胸を撫で下ろす。嘘をついてることに申し訳なくも思うけど、色々追求されたら困る。赤葦君は大学でも結構人気があったりするのは知っているから、変な噂は立てたくない。そう、赤葦君の為にも穏便な毎日を過ごしたいのだ。

「じゃあ今どの辺に住んでるの?」
「え、あ、まあ、前の家の近くだよ」
「そっか。は〜、勝手に慌てて損した。なんか出来ることあったらちゃんと言いなよ。ご飯なら家から盗めるし任せて」
「盗むとか言わない!そこまで困ってない!」

他愛もない話をしていると、ガラリと開いた扉から先生が入ってきて私達は授業モードへ。今日は月曜日。月曜日と木曜日、赤葦君は黒尾先輩と木兎先輩と3人で飲みに行く日らしい。なので、マシロと2人で夜ご飯である。何を食べようかな。サークルもないし、ハンバーグでも作ろう。でも、折角だったら赤葦君とご飯食べたかったなあ‥‥ていうか、赤葦君の好物ってなんだろうか。今度聞いてみよう。

「近々"家燃えたけどよかったパーティー"でもやる?」
「何がよかったのか聞いていい?」











「‥なんか良い匂いがする」

ガチャリと扉を開く音で振り向くと、奥の方で非常に疲れた顔をした赤葦君の姿が見えた。ていうかまだ21時前なのに、随分お早い帰宅のようで。例の飲み会はもうお開きになったのだろうか。

「あれ、赤葦君‥早かったね」
「ハンバーグ?超美味しそう」
「食べる?」
「え、‥俺の分あるの?」
「一応。初めてここに連れてきてもらった時、飲み会はほとんど食べずに家で食べるって言ってたでしょ?」
「‥覚えてたんだ」
「ふふ。温めてくるね」

なんか出来る女っぽい?少しばかり驚く赤葦君の顔が嬉しくて、どこか足取りが軽くなった気がした。温めたハンバーグの上にポン酢ソースをかけて、菜の花のからし和えをそえる。喜んでくれるといいなあなんて思いながら同じプレートにご飯をよそうと、早足で赤葦君の待つ場所へ急いだ。‥そうして顔を出すと、赤葦君は早々と着替えを終えていて、床に寝っ転がりながらマシロと戯れている。‥可愛い。

「‥赤葦君って嫌いな物なかった?」
「ないよ。‥‥‥あ」
「?」
「それ、菜の花‥」
「う、うん。和風ハンバーグだから‥‥もしかして菜の花のからし和え、苦手?」
「いや。大好物。大好き」
「エッ」

私の手にある物を見ながら、嬉しそうにゆるりと笑った赤葦君に、思わず皿ごと落としそうになった。可愛い訂正、超可愛い。そうしてマシロを置いて立ち上がった赤葦君は私が持っていたお皿を受け取ると、もう片方の手で頭をするりと撫でた。うわ、本当に大好きなのか。からし和え羨ましいな!

「わ、私そっちで食べるね‥!」
「なんで?隣で食べればいいじゃん」

突発的にぐっと掴まれた腕は、どうやら俺の隣に座りなよ、ということらしい。駄目だって、心臓出るって。頑張って飲み込んだハンバーグの味は、赤葦君の隣に座ってからなんの味覚も感じなかった。ちゃんと美味しかったのかは不安ではあるけど、綺麗に平らげてくれていたから良しとしよう。

2017.05.10

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