大学生になって、1人暮らしを始めて、サークルも勉強もバイトも順調。ついでに言うなら新しい恋も始めた。大学に入ると同時に、高校でも部活でやっていたバレーボール。ちなみに大学ではバレーボールサークルだけど、大学生チームの中でも、ここのサークルは結構強いらしい。そこで出会ったのが、強豪の梟谷学園でセッターを務めていた赤葦京治君だ。クールでカッコ良くて、頭が良い。高校の時にテレビで見たが、まさか大学が同じとは。本物を見て一目惚れした。

「う"っ‥‥ご、ごめんね、ごめん‥‥」
「いや、小鳥さんが謝ることではないって‥ちょっと待って、ティッシュ持ってくるから」

1個訂正。1人暮らしはたった今順調‥ではなくなった。本日サークルも終わり、ちょっとだけ図書室で勉強をしてから家まで帰っていると、目の前で人混みができていた。なんだこれ、どうしたんだろうか。きょろきょろとしながら歩いていると、目の前で私の住んでいたマンションが燃えていた。私の隣の部屋で、ヤンキーなお兄さんが寝タバコをしていたらしい。おかげで隣同士だった私の部屋も全焼していた後だった。

酷く焦った。そりゃあ家具も思い出の品も全部全部燃えてしまったし焦りもするが、そうじゃない。私は大学に入ってから、ダンボールの中に捨てられていた仔猫を飼っていたのだ。もちろんペット禁止だったけど、見捨てられなかったからこっそり飼った。バチが当たったのだろうかと思ったがそんなことを考えている暇はない。窓を閉め忘れていたから、外へ逃げていると良いんだけどと思いながら走った。ぐるぐるマンションの周りを回って、近くを走って、ちょっと遠くまで走って。‥そしたら、仔猫を抱いた人の姿が見えたので慌てて駆け寄れば、黒く汚れてはいたがあの仔猫の姿で、あの赤葦君だった。

あとはなんか‥そう、察してほしい。とりあえず赤葦君に事情を説明して赤葦君のマンションにいる。嬉しさと悲しさと切なさが入り混じって感情が意味不明だ。

「災難だったね。とりあえずなんか食べる?」
「あの‥‥お気になさらず‥」
「気にするでしょ。マシロは食べてるんだし」

アンタいつの間に赤葦君に呼び捨てにされてんのよとマシロへ視線をやれば、とても美味しそうに牛乳を飲んでいた。その瞬間、小さく私のお腹が鳴る。最悪。

「ふは、」
「ご、ごめ‥」
「いいよ。俺もご飯食べる所だったから。でもごめん、レトルトで勘弁してくれる?」
「いや、あの‥‥あれ?今日って、黒尾先輩と木兎先輩とご飯行って来たんじゃ‥」
「ああ。どうせ家で食べるつもりだったし、そんなにがっつかなかった」
「そうなんだ‥うん、なんでもいいです‥ごめん‥」

好きな人の家にいる。これは明らかにテンションの上がるイベントの筈なんだけど、上がらない。上がる筈もない。衣食住の"住"がたった今なくなってしまったのだ。それどころではない。親には大学に入った時、マンションの敷金礼金だけ出してもらって、あとは自分でなんとかやりなさいと言われている。よって助けは請えない。お姉ちゃんの家は‥ちょっと、どころか遠い。県を跨ぐ。無理だ。

「カレーだけど。辛いの大丈夫だった?」
「うん、‥ごめ」
「ちょっと」
「?」
「ごめんはいいから。多分ずっと言うでしょ、それ」
「だって‥‥あの、‥ありがと」
「うん。そうして」

ローテーブルを囲んでいただきますと手を合わせた赤葦君は、買ってきたらしいお弁当をつついている。どうしよう‥お腹は空いているのにカレーが入っていかない。マシロ、無事でよかった。多分あの黒い汚れ、煤だ。必死に逃げてきたんだろうな‥申し訳ない、というか申し訳ないと思っているのだろうか、あのヤンキーのお兄さん‥

「‥‥って、小鳥さん聞いてる?」
「ん‥ん?!ご、ごめん聞いてなかった‥!」

やっぱり。そう言いながら呆れて笑う赤葦君は、マシロの汚れた頭を撫でる。にゃあにゃあ言って甘えてるんじゃないよ君は。

「伊野さんとか、サークルの仲良い子皆実家でしょ。ここでよければ泊めてあげれるけど。ペット可だし」
「‥‥‥‥‥‥へ、あ」

べちゃり。
固まっていると、残り1枚しかない私の私服に、茶色いカレーが落ちた。え、ちょっと待って、赤葦君はもしかして超がつくお人好しなんでしょうか。

2017.03.07

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