「ちょっと‥ほんとやめて。朱袮、自分がどういう状況にいる人間か分かってる‥?」
「確信犯ってのくらい気付けねえのかよ」

ああ、いてえ。不服そうに左の頬を自分の掌で覆う朱袮の姿に、私はそのまま席を立った。折角烏養さんと付き合い始めた所なのに、例え嘘の内容でもでっち上げられたら嫌だ。これ以上ここにいる訳にはいかないと、財布から適当にお札を出して机に投げる。さっきの店員さんが朱袮について何も拡散していませんようにと祈るばかりだった。ただでさえ最近はネットの普及率が高い、簡単に呟くことのできるSNSで噂が広まるのが速いというのに。

「お前は別に顔バレしてねえから大丈夫だろ」
「さっきの店員さんには顔バレしてるから!私もう帰る、お金置いておく、」
「‥なあ」
「今日はもう話したくな」
「ゆかり、好きなんだよ、‥マジで」

初めて見た、いつも自信満々の顔がまるで懇願するように歪む彼の顔を。‥本当、勘弁してほしい。グッと引き留めるように握られた腕を振って、無理だよって個室の扉を開けた。

知らなかったよ、そんなの。だってもう、‥繋心さんしか見れないもの。

ぴしゃりと扉を閉めてカウンターに早歩きで向かうと、カウンターの後ろでコソコソとiPhoneを触る先程の女性店員の姿を見た。どうしよう、何かあってしまったら。‥だからと言って、ネットを開いて検索なんてこと出来ない。何かの拍子に何百万分の一の確率で私と朱袮の名前が出てきてしまっていたりしたら、‥‥いや、ほんと、無理。無理なんだけど。

「‥‥‥声、聞きたいな」

思わずiPhoneを掴んで、忙しなくボタンを押した。最後の通話のボタンを押す直前に少しだけ躊躇しつつ、それでも早く声が聞きたくて自分の欲に従った。終わったら電話してくれていいって言ってたけど、出てくれるだろうか。仕事中か、もしくはまだ部活の最中か。‥いや、流石に終わってるかな。5コール程鳴った所で諦めてしまおうかとした時、ガチャリと音が鳴って、『肉まんうめー!』『うるせえ!帰ったらちゃんとした飯食えよ!』と賑やかな声が飛び込んできた。

『ゆかり、終わったのか?』
「繋心、さん‥?なんか賑やか‥」
『悪い、ちょっと店に部員が来ててな‥そうだ、肉まんまだ余ってるから食いに来るか?って、食べてきたんだったか‥』
「‥っぷふ、肉まん、食べたいです、‥あの」
『おう、‥‥どうした?』

さっきの出来事のせいで不安があるからだろうか、彼の声を聞いた瞬間、無性に人と居たい気分、‥というか、繋心さんと居たい気分になった。でもまだ付き合って2ヶ月経ってないのに、軽い奴だとか思われないだろうか。ぎゅっと一回閉じた唇は中々開かない。一言言いたかっただけなのに。「今日、一緒にいたらダメですか」って。「ちょっとだけ寂しくて」って。

『ゆかり‥もしかしてなんかあったか?』
「あ、の今日一緒にいたくて!」

なんかあったのはまあ事実であり、それを悟られたくないなあと思ったのも事実であり。そしてその悟られたくないなあと思った気持ちがバレたくなくて、咄嗟にスラスラと出た本音。言った瞬間静かな住宅街に声が響いて、私は言ってしまった!とiPhoneを持っていない方の手で口を覆った。

『‥へ?』
「あ、え、あの、そう、今日、一緒に、いたいなあと思ったんですけどなんかそういう意味じゃないというかいやそういう意味というかあのですね‥‥」

しまった、これはやらかしてしまったかもしれない。支離滅裂すぎて、伝えたいことはほんの少ししか伝わっていないだろう私の語彙力。こっちだって大学生とは言え、もう仕事をしている年齢的には大人に分類する身なのだから、繋心さんが勘違いを起こしてしまってもおかしくはない。‥だからこそ、凄く恥ずかしくなってしまった。

『あー‥つまりアレか?俺ん家に泊まりたいってことか?』
「ひっ」
『‥んだよ、自分で言っといてビビってんな』
「泊まっていいんですか‥?」
『明日、仕事は?』
「え、あ、坂ノ下‥」
『‥じゃあちょうどいいか。ゆかりだし、俺ん家の親も別になんも言わねーだろ』

ふにゃと笑ったような声に思わずどきりとして、iPhoneを握り締めた。え、ほんと?自分で言っておいてなんだけど、泊まりに行っていいの‥?さっきまで朱袮のせいでネットがとか、噂とか気にして不安になっていたのに、そんな不安は急激に晴れていった。私ってなんて単純なんだろうか。

『迎え行くから、準備して待っててくれるか』
「は、い」
『そんな緊張すんな。‥俺も緊張すんだろ』

声なんかじゃもうだめだ。物足りない。早く顔が見たい。電話の奥で喧しそうな声をBGMに、私は歩く速度を上げた。

2017.12.15

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