「で、どんな奴なわけ」

とある鉄板焼のお店、個室。私はてっきり仕事の話でもするんだろうと思っていたけれど、それはどうやら違ったということか。カランとグラスの中の氷を揺らしながら朱袮の放った第1声は考えていたものとは随分かけ離れていた。いや、聞かれるかもとは覚悟していたが、まさか第1声だなんて。まだテーブルの上には2人分の飲み物とお通ししかないというのに。

「‥私そんな話するつもりでこんな所まで来てないんだけど」
「聞かれるかもとは思ってただろ」
「‥」
「ハア‥」

その溜息はどういうことなんだ。私がどこの誰と付き合おうが朱袮には関係なんて無い筈でしょ。小首を傾げながらお手拭きでひよこを作っていると、ガチャガチャと運ばれてきたお好み焼きに視線を向けた。‥美味しそう。そういえば今日、おにぎり2個だけしか食べてなかったもんなあ、‥誰かさんが無茶振りするから。

「告白された?」
「‥されたけど、‥私もずっと好きだったし」
「いやそれも聞いてねえし」

それも言ってませんからね。はい無視。既に出来上がっているお好み焼きを鉄板の上に乗せると、美味しそうな音と匂いが立ち上ってきてこくりと唾を飲み込んだ。箸で4分の1程をカットしてお皿に移して、ぱくりとそのまま口に詰め込む。じゅわり。ソースとマヨネーズの素敵なコラボレーションから、熱々の野菜。ちらりと目線を上げてみると、まだ飲んでるだけの朱袮は箸すら掴んでいなかった。

「‥食べないの?」
「フツー取り分けてくれんじゃねえの」
「今更朱袮にそんな可愛いことしませんけど」
「彼氏にはすんだろ?歳上の俺にはしてくれねえのにな」
「ねえ‥‥やっぱりちょっと今日変だよ、いつにも増して性格悪い」
「あ?」

そんなことするような女じゃないってことを目の前の男は分かっていると思っていたけど違うのか。私のことを気の利く女だと思っていたならそれは申し訳ないけれども。‥いや、確かにこと烏養さんに対しては対応が違うのかもしれないけれど、それは彼だからであって。‥‥だって、誰だって好きな人には可愛くて気の利いた女の子だって思われたいじゃない。

「彼氏できたのか、おめでとうとか。そういう風に喜んでくれないんだね、朱袮」
「無理だろ」
「黙ってたから?」
「そうだな」
「‥小さ」

そんなんだから報告したくないんだよ。あからさまに機嫌の悪い朱袮の様子を伺いながらお好み焼きのもう4分の1を口に運んで、追加のメニューを備え付けのiPadで頼んで無理矢理話を仕事の話に変えてやった。

話題が急に変わったことで彼の頭もどうやら切り替わってくれたらしい。新曲のピアノアレンジの話とか、新人バンドがどうだとか、今度新しく始まるドラマの曲のコード進行が頭おかしいとか(良い意味で)。朱袮とは音楽の好みだけは一緒だったし、ここが良い、ここが悪いという話もスムーズに進むし、だからこそ良い仕事ができる相手だと思っていた。‥でも、やっぱりそれまでなのだ。仕事じゃなければつるんだりは絶対にしないだろうから。

「あの曲作ってるのってミュージカル音楽担当してたさあ、ほらあの‥‥」
「なあゆかり」
「?なに、」
「やっぱ無理だわ」
「‥はあ?」
「奪ってもいい?」

なんの話なのか分からなくて、恐らく私の眉間には皺が寄っていたと思う。丁度良く追加注文していた塩焼きそばと里芋のサラダが運ばれてきた所で、店員さんを前にして突然朱袮がそういう発言をしたものだからだろう、店員さんも何故か目を見開いて硬直した。‥そうだ、そういえばこいつ有名人だったわ。

「‥これだけ音楽の話合う奴もいないし、尊敬できる異性だって早々には出逢えないだろうなって思ってた。‥初めて仕事一緒にした時からずっと好きだったんだ、ゆかりのこと」

からんと音がしたと同時に、急に喋り方が柔らかくなった理由もすぐ察しがついた。彼は表向きには草食系男子で、私以外の第3者がいるから。からんと鳴った音は私が箸を落とした音だ。どこから突っ込んでいいか分からないけれど、第3者の店員さんが物凄く変な勘違いをしていそうなことだけは分かってしまった。

「‥こんなとこでなんなの、勘弁してよ」
「いや、本気なんだ。‥‥ああ、すみません、2人にしてもらっていいですか?」

朱袮の柔らかく気まずそうな笑顔とその言葉に対して、店員さんは首を3回程大きく縦に振ったあと、慌てふためいたように個室から出て行ってしまった。他人から分かるくらいに顔を赤らめていた所を見ると、とてもじゃないが私は冷静ではいられない。目の前で少しだけ笑う朱袮の頬を、私は無意識のうちに引っ叩いてしまっていた。

2017.10.13

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