最近の日課。朝、烏養さ‥‥け、繋心さんへ簡単に「おはようございます。今日も頑張ってください!」なんてメールを送って、夜に時間が合えば電話、もしくはメールで「おやすみなさい」と送る。そうそう、この間一緒にご飯を食べに行った時に、どうやら私は烏養さんのことを繋心さんと呼んでしまっていたらしい。あれから烏養さん、と呼んだり打ったりすると、そいつ誰だったっけなーなんて意地悪を言われてしまう。‥というわけで、現在進行形で名前呼びを頑張っているところだ。

「なあ、ゆかり最近良い事でもあった?」

仕事場のスタジオで作業をしている朱袮が突然振り向いてそんなことを言うものだから、楽譜におたまじゃくしをさらさらと並べていた私の手がぴたりと止まった。良い事‥といえば、まあうか‥繋心さんと付き合いだしたことぐらいしか思い浮かばないけど、そんなに幸福オーラみたいなものでも滲み出ているのだろうか。

「なんで?」
「前よりイキイキしてる感じする」

イキイキって私は小学生か。なんかもうちょっと言い方がないのだろうかと小首を傾げた。別に彼氏がいることを隠しているわけじゃないけど、言う必要もないしなあ。どうしようかと迷いながら止まった筆を進めようとすると、それを遮るような形で朱袮の手が私の手を押さえつけた。ちょっと、これ朱袮に今日中に仕上げろって言われた譜面なんだけど分かってるんでしょうね?

「お前なんか隠してんだろ」
「はあ?隠してるとか別にないけど‥なに、そんなに気になるの?」
「気になる」
「‥まあいいけど。彼氏できたの。そんだけ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ は ?」

凄い間が空いた後に返事が返ってきたと思ったらなんだ、「は?」ってなんだ「は?」って。そりゃもうだいぶ彼氏いませんでしたけどね、そんなこと言われる筋合いありませんよ、貴方モテモテですから彼女いなかったことないんじゃないですか?‥と、心でぶつくさと嫌味を言ってみる。

そうして朱袮の手を払いのけ、反応が返って来なくなったのを良いことに作業を進めること何十分経っただろうか。ちょっとコーヒーでも買ってこようかと席を立つと、どうやらずっと私を見ていたらしい朱袮と目が合ってびくりと背筋が震えた。

「‥彼氏、とかいつからだよ」

長く黙ってたかと思ったらその質問かあ、とぼんやり考えている暇はない。何がお気に召さなかったのか分からないが、草食な優しい笑顔の化けの皮が剥がれて機嫌がMAX悪そうな表情になっているのだ。

「え‥いや、そんなのいつからでもよくない?てかなんで怒って‥」
「聞いてねーんだけど。つーかどこのどいつだ、バンドマン?どっかのマネージャー?どこで会ったやつだよ」
「音楽関係ないから。てかなんで朱袮にそんなこと報告しなきゃなんないの?」
「‥」

なんか今日の朱袮、変だ。ついでに言うならなんだか物凄く、‥嫌な予感がする。他の人は生憎出ていて、早い人でも帰ってくるのは2時間もあとの予定で。駄目だ、コーヒー買いにいこう。離れた方がいい。そう考えた矢先に鳴ったiPhoneの音が変な空気を遮断してくれた。

「誰」
「‥サニーミュージックの担当者から。ちょっと出てくるけどなんかいる?コーヒー買ってくるけど、」
「いや。‥それより、」
「?」
「お前、今日飯付き合え」

なんで?そう言いたかったけど、それを最後に朱袮はヘッドホンを付けて私の声をシャットアウトしてしまった。なんで返答聞かないわけ?‥まあいいや。取り敢えず後で心配かけないようにう‥繋心さんに連絡しておこう。そんなことを考えながら、私はスタジオの外へと繰り出した。












『仕事で飯行くのは気にしねえけど、‥まあなんか、その男の様子は気になるっちゃ気になるな‥』
「一応報告だけしようと思って‥お仕事中すみません‥」
『気にすんな。わざわざ電話で連絡してくれて嬉しいから』

コーヒーを飲みながら駄目元で繋心さんに電話をかけてみると無事に繋がって、一応朱袮とご飯に行く報告をした。少し様子がおかしいとの追記付きで。正直今からスタジオに戻るのも億劫だが仕事なのだ。しょうがないしょうがない、と言い聞かせている。

『なんかあったらすぐ連絡しろよ、行けるようにはしとく』
「それは多分大丈夫です、明日も早いんですよね?ちゃんと寝てくださいよ」
『多分とか‥そんな話聞いて寝れると思うか?大丈夫だよ。なんもなくても家ついたら連絡してこい。な』
「‥はい、分かりました」

な、という声が優しくて安心感が込み上げる。最後の一口を飲み終えると、電話の向こうで繋心さんを呼ぶ声がした。どうやら呼ばれているらしく、「悪い、じゃあ店戻るな」と通話は終了。最後に小さく「電話待ってるからな」という声にぶわわと熱が上昇したのは、ここだけの秘密だ。

2017.08.27

prev | list | next