「あー、美味しかったですねえ〜」
「おい、あんまフラフラすんなよ」

‥なんて言いつつ、目の前でゆらゆら揺れるゆかりを見てつい笑ってしまった。つーか、いつから好きだったんだろうなあなんてタバコに火をつけながら考える。いや、多分あれだ。あれだな。

バイトを始めて2ヶ月。そこそこ慣れてきた頃に彼女の体調が悪いことに気付いて、帰るように諭したことがあった。そもそも顔色も1週間くらいずっと悪そうで、何度も言っていたけれど、頑固だったゆかりは早退なんてすることなくちゃんと働いてくれたのだが、それも限界だろうと感じたのがその日。顔が青白くて、客にも「あの子大丈夫?」だと聞かれる始末だから無理矢理にでも帰せようとしたら、その場でいきなり倒れてしまったのだ。

「お、おい!!?」

多分、生きててあれ程焦ったことはなかったと思う。救急車を呼んで付き添って、病院の先生に病状を聞いてみれば、疲労と睡眠不足と栄養失調。目が覚めた時、身体の様子を伺いながらどんな生活してんだよって聞いてみたら、驚く程のハードスケジュールで。呆れると同時にバカじゃねえのかって物凄く叱っていた。‥けど、音楽で仕事をしていくっていうのは水商売にも似たことで、親にも心配をかけるし、頑張らないと売れることはきっとないと、涙腺を緩ませる様子も無く真っ直ぐに俺の目を見て言い放ったのだ。‥どんなイケメンだよこの子なんて思った瞬間、なんだかとても強くて綺麗だと思った。多分それからずっと気になって、いつの間にか好きになっていたんだろう。

「烏養さん、2件目とか有りですかー?」
「無しだよ。明日早いんだろーが」
「ちぇー」

‥あの目を知ってるからこそだろうか。飲み会の時みたいな、緩々と頬をだらしなくさせた女みたいな目つきにどきりとしてしまう。酒にはあまり強くないからか余計に力無く見える顔。急に危なっかしいからふわふわと揺れる右手に手を伸ばしたら、細い腕は簡単に捕まった。

「‥烏養さん?」
「楽しかったか?」
「そんなの楽しいに決まってるじゃないですか、烏養さんといると私、ずーっと楽しいしドキドキしてるんですよ〜?ふへ、」
「なんだよふへって」
「ふ、ふふ。烏養さんが手、繋いでくれたあ」

握った右手を握り返す優しい温度。馬鹿みたいに心臓の速度が速くなっていく。なんつーか、男って本当にガキだよなあと思いながら、携帯灰皿に蒸していたタバコを突っ込んだ。酔っているのだろうゆかりは、多分酔いが覚めたら今の状況を思い出して酷く焦るはずだろう。‥なんとも小悪魔というか、なんというか。‥でも、それだったら逆に丁度いいかもしれない。

「ゆかり」
「ん?なんですかー?」
「呼んで。名前。‥俺の」
「名前‥?烏養さんの?」
「‥他に誰がいんだ」
「繋心さん」

上目遣い気味に呼ばれた名前の破壊力。ぼぼっと熱が急上昇して、頭の上から大きく火を噴いた‥そんな感じだ。さっきまで照れて一言だって言えなかったくせに、なんでこういう時だけさらっと言えるんだよ。酒ってこえー。‥くそ、可愛いな、マジで。

「‥もう1回」
「えー?繋心さん?ふふ、変なの、どうしたんですかー?ねえ、繋心さん、」
「変なのはお前だろ」

俺がいない所で酒は飲ませたくねえなあ‥そんなことをぼんやりと考えながら催促すると、また嬉しそうに俺の名前を呼んだ。ここが外でよかった。もし室内だったらと思うと。‥ちょっと色々抑え切れなかった、‥かもしれない。

「繋心さんと両想いなんて、なんかまだ夢でも見てるみたい‥」

うっとりとしながら吐いた言葉は、まるで俺に言っているというよりは自分に言い聞かせているようだった。付き合ってるよ、ちゃんと。じゃねえと、2人で飯とか、俺が誘うわけないだろ。‥くそ、風がぬるいからちっとも顔が冷めやしねえわ。

2017.07.11

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