「っかー!うめえー!やっぱ疲れた体にビールは染みるわー!」
「お疲れ様でした」

前も来た居酒屋さんに来た私と烏養さんは、カチンとジョッキを合わせてお酒を喉に流し込んだ。もちろんお腹も空いていたので、合わせて頼んでいたきゅうりの一本漬けとタコの煮物をつつく。ほっとする味にじんわりと心が揉み解されるようだ。食べる度にお腹が空いてくる。

「そういえば烏養さん、さっきの眼鏡の人って先生なんですか?」
「おう。バレー部の顧問の武田先生。だけど指導したことも経験者でもないからって俺にすっげーしつこく頼み込んできた人なんだよ」
「意外に強引‥」
「‥まあでも、感謝してるよ。あんな面白いチームのコーチができるなんて思ってもみなかったしな」

何を思い出しているのか苦笑いしたり、呆れたように息を吐いているが、楽しそうにお酒を口にしている。

「最近ほんとに忙しそうですもんね。凄いなあ、そのうち見に行きたいです、烏養さんが愛を込めて指導してるチームの試合」
「愛を込めてって変な言い方すんなよ。まあ、気持ちは篭ってるけど。‥俺だってコーチする以上は勝たせてやりたいし、できることはなんでもしてやりたい」

そうスラリと言えてしまう烏養さんに、やはりカッコイイ人だと再認識した。見た目はヤンチャだけど、実は真面目。この間滝ノ上さんに言われた言葉が脳裏を過って思わず笑ってしまった。そんなことはもう坂ノ下商店で働き始めた時から既に分かっていたけど。

「?なんだ?」
「いえ!それより聞きたいです、烏養コーチの指導しているチームのこと」
「‥烏養コーチって、なんだかなあ‥」
「や、今はノリで言っただけで」
「そうじゃなくて」

ううん、と箸でタコを刺しながら吃る烏養さんに、私はメニュー表と彼を見比べながら首を傾げる。あ、ほっけの塩焼き食べたいなあ。烏養さん嫌いかな。ダメだったらなんかお刺身でもいいけど。様子を伺いながら声をかけるタイミングを見計らっていると、そっと後ろから顔を出したいつものおばちゃんが声をかけてくれた。‥頼んでもいいかな。

「ほっけの塩焼き烏養さん食べます?」
「おー。ついでにおばちゃんせせりポン酢も」
「はいはい。貴女前も繋心ちゃんと来てたわよねえ?仲良くするんだよ」
「はっ‥‥はい‥」

覚えてたのか。と、ついドキリとして声が上ずった。そのままそそくさとテーブルを離れる姿をぼんやり見送っていると、もしかすると周りからはあんまり付き合っている、という風には見られていないんじゃないかと少しだけ寂しくなった。‥というより、私も実感そんなにないんだけど‥。

「水城さん」
「あ、はい、すみません」
「‥その敬語、せめて2人の時はやめねえ?その、‥付き合ってんだし。なんか実感も湧かねえだろ?」
「え」
「あと、‥‥ゆかりって呼んでいいか?俺も別に名前でいいから」
「っえ‥‥‥ええっ!?」

むぐ。慌てて両手で口を塞ぐと、周りを見渡してほっと息を吐いた。嘘、烏養さん、今、ゆかり‥ゆかりって言った‥?私の名前呼んだ‥?頭がパニックである。まあでもよく考えて、付き合ってる男女がさん呼び同士とかあんまり聞きはしない。そうだ、おかしくはないおかしくはない。だから私が例え烏養さんのことを名前で呼ぼうとも、何もおかしくないのだ。

「‥ゆかり、俺の名前知ってるか?」
「や、知ってます、けど‥」
「敬語」
「あ、知って‥‥‥‥」
「‥‥」
「‥あの、ほんと‥すぐは無理です‥」
「ブハッ!いや、悪い悪い、いいよそのうちで。でも俺はゆかりって呼ばせてもらうからな」

ニヒ、とまるで子供が悪戯をした時みたいな笑顔を浮かべた烏養さんにきゅんとした。名前呼びの威力凄い。彼に一言呼ばれるだけで、急にキラキラと光るアクセサリーが付けられたみたいだ。

「んで、チームのことだっけ?」
「あ、はい。面白いって言うからには、相当メンバーも濃いんだろうな思って」
「まあ、濃いよなあ。主将はさすがの一言だけど、顔面怖い癖にガラスのハート持ってる奴とか、とにかく煩いやつとか色々いる。けど共通して言えるのは全員バレーが好きだってことだなー。‥ああ、まあ、多分だけど」
「急に自信なさげですね」
「いやあ‥色んな奴いるだろ。確信はねえし、俺がそうだと思ってるだけだしな」

ゆったりとタバコを取り出した烏養さんは、少しだけアルコールで染まった赤い頬を緩ませながら苦笑いを零した。高校生相手だもんなあ。大変そうだ。それでも、なんとなく思った。烏養さんがコーチならきっと強くなるんだろうなと。ただの直感。理由なんてないけど。

2017.06.02

prev | list | next