烏野高校。至って普通の県立高校。

「うわ、なんか懐かしい感じ‥」

20歳を過ぎているというのに、現役高校生の敷地に足を踏み入れるなんてすごくなんか‥あれだ、恥ずかしい。なんとなく常備している伊達眼鏡をかけてこそこそと木の周りを彷徨いていると、学生の姿が見えて思わず隠れる。‥を、何度か繰り返していた。

「メールの既読はついてるんだけど‥まだ返ってこないんだよなあ‥」

でも、来てしまったのだ。‥だって、待っててもしょうがないし、‥‥見たいんだもん。烏養さんのコーチしてる姿‥。それで嫌われることなんてない。筈だ、多分‥。

そうして何10分もかけながらやっと体育館らしき場所に到着すると、扉から掛け声や怒声が聞こえて来てぴたりと動きを止める。間違いない、烏養さんの声だ。外はまだいいけど、多分中は熱気が凄いんだろうなあ。っていうか私相当不審者だよね?大丈夫かな‥

「‥すみません、どなたですか‥?」
「ヒッ!?」

まあいいや、不審者上等!とばかりに窓から少し覗いてみようかとしていた矢先、後ろから声が聞こえてきて驚いた。慌てて振り向くと、恐らくこの学校の人であろう、ジャージを着た眼鏡の男の人がいて、大きく後ずさってしまった。身長は低い。‥けど、今からこの体育館に入ろうとしているということはバレー部の関係者なのだろう。聞くべきか、聞かないべきか。

「‥あの、バレー部って、もう、終わります‥?」
「ああ、部員のお姉さんですかね?あと15分くらいで終わると思いますよ。なんなら見ていきますか?」
「いっ、いえ!結構ですので‥!」
「そうですか?あ!なんなら声かけてきましょうか!どなたのお姉さんですか?」
「いえほんと!いいんです私のことなんて綺麗さっぱり忘れて下さい!」

見た目に反してこの人すごいぐいぐい来る人だな!ごめんなさい来ておいて申し訳ないんですけどほんと構わないでほしい!なんだか烏養さんに迷惑をかけそうな気がしてきたので、挨拶すらせずに立ち去ろうと足を逆方向へ向ける。そのタイミングで、扉の奥から聞こえていた筈の声がすぐ近くで耳を劈いた。

「おい!コラ!!!外は何騒い‥で‥‥」

ガララララ!!と、勢いよく開いた扉から、勢いよく出てきたのはいつもよりずっと悪人みたいな顔をした烏養さんだった。‥あ、赤ジャージとは恐れ入った‥!割り増しでイカツイ‥!!いや、でもそこももちろん好きなんですけどね。恋って凄いですね。

「っ水城さん!?と、先生!?ちょ、何やってん、本当に来てるし‥!!」
「あ‥ごめんなさい、迷惑でした‥?その、どうしても見たくて‥コーチしてうぶっ」
「先生悪い!ちょっとあと頼んだ!!」
「??はい‥??」

口を大きな掌で覆われて、やれ急げとばかりに烏養さんから引っ張られる手。お、怒ってる‥?不安になりながら後ろをついていくこと数分後、私がさっきまでこそこそしていた木の陰まで来ると、大きく息を吐いた烏養さんがこちらを振り向いた。

「ビビった‥」
「‥ごめんなさい。嫌でしたか‥?」
「や、そうじゃねーっつか‥いやいーんだけどよ、前みたいなこととかあったら嫌だし、つーかあいつらもいるし‥メール悪い、ちょっと立て込んでて返せなかった」
「いえ‥‥」
「ほんとに来るとか思ってねーから‥流石にビビったっつの‥」
「‥っぷふ、」
「おい笑うな」
「だって‥」

そんな焦ってる顔、普段滅多に見られないから。やっぱりここまで来てよかったとつい顔が綻んだ。そういえば赤ジャージなんて初めてみたなあと思ったのも束の間、突然ぐわしと頭を抑えつけられて地面と体が近付いた。同時にがばりと覆い被さる烏養さん。‥ち、ちか‥!急になんだと思いきや、近くから「コーチに女性の影があった」と騒ぐ2人組の声が聞こえてきて納得。見上げてみると、イライラしたような、まいったわ、というような顔が少し赤くなっている。

「‥烏養さん、可愛いですね」
「あ?」
「だって、高校生に追いかけ回されてるとか。その顔照れてます?可愛い〜。ふふふ」
「誰のせいだよ」
「ごめんなさい、っふふ、」
「‥こら。あんまり大人をからかうなって、前も言ったよな?」
「え?んむっ、」

ちゅ。と、上から烏養さんの顔が近付いてきたかと思ったら、一瞬触れて離れていった。‥え、ここ、外、というか校内ですけれども。突然のことすぎて頭を真っ白にさせていると、してやったりな顔の彼の顔が嬉しそうに笑っていた。何が嬉しいんだ何が。‥嬉しいけど恥ずかしいわ!

「せ、‥先生でしょ‥!?最低ですよ‥!」
「俺コーチだし。関係ねーし。‥それに、水城さんだってちゃんと俺の彼女なんだからなにも問題ないだろ」

ちゃんと俺の彼女。その言葉だけで頭の中がパンク。そうだった。忘れてはなかったけど、まだ実感ないんだって何回も言ってるじゃん。‥いや、声に出したことはないけど、そこはアレだ。‥察してくれはしないだろうか。

2017.05.14

prev | list | next