「おっはーゆかり!なんか久しぶりな感じすんねー!大学以来?」
「そんなに経ってないでしょ」

烏養さんと付き合い始めた実感があまり湧かないまま3日が経った。そうして私は今日、怜奈の所属するバンド"S"の新曲を聞く為にここまで来ている。今回インディーズのシングルチャート、まあつまり、ランキングの上位3位圏内を狙っているらしい。周りでは既に楽器の準備をし出したメンバーが音を鳴らし始めているが、怜奈はあろうことか私の座っている隣に座り込んだ。よいしょってあんた。

「チューニングいいの?」
「ああ!いーのいーの、皆のチューニングがちゃんと決まってからドラムの音作りすることにしたんだー。この間のレコーディングそれで結構上手くいったし、業界のプロにも高評価!」
「怜奈腕と耳は良いもんね」
「何か悪意を感じる言い方‥‥まあいいや」

1歳からピアノに触れていた彼女は、理論的な思考は皆無にしても、直感的なセンスがずば抜けていて、それがバンドを支えていると言っても過言ではない。実に羨ましい限りである。そうして3度の飯よりドラムが好きなのだから結果上手くもなる筈だ。

「私昨日都内のスタジオでアカネさん見ちゃったんだけど、やっぱ超かっこいいよね!!いいなあ、ゆかり結構会うんでしょ?いいなあ〜‥‥私も近いうちに絶対対バンしてやる!!」
「朱袮かっこいいかな‥私は全然タイプじゃないから分かんない」
「はいはい。どーせ年上コーチにメロメロなゆかりさんだもんねー。いい加減早く告白して私に紹介しなさいよ。顔見たい」
「あ、いや。怜奈そのことなんだけ、‥あ」
「ん?」

しまった、別にここで烏養さんと付き合い始めたという話しを切り出さなくてもよかった。慌てて口を手で押さえると、それを不審に思ったらしい怜奈は私の顔をじとりと覗き込んでいる。おい、その究極に怪しい目をこっちに向けるのやめて。

「なに、なに」
「‥やっぱいい」
「ねえちょっと友達に隠し事なんて卑怯だよ一体何があったっていうの!!!?」
「声!うるさい!!」

怜奈さん、メンバーさんの冷ややかで呆れた視線が貫いているを気付いていないのだろうか。

「おい怜奈、ゆかりちゃん虐めんなよー」
「つかチューニング終わったから早くしろ。虐めんな」
「そうだー。可愛いからって虐めるの禁止ー」
「3人揃って失礼な!!ああ!気になって集中できなかったらゆかりのせいだかんね!!ちょっと待ってて行ってくる!!」

集中出来ない理由を私の所為にするな。全く、女の子なんだからもうちょっと淑やかにできないんだろうか。まあ、彼女はずっと音楽が彼氏のようなものだったから、今まで彼氏なんて1度としていたことはないし、淑やかとかいう単語すら知らなさそうだ。普通にしていれば綺麗な顔をしているしモテそうなのに、喋るとなあ‥残念な感じがなあ‥。いや、きっとそれを好きな男子もいるはずだ。ぼんやりそんなことを考えながら、メンバーにつつかれている怜奈の姿を見て深く息を吐いた。

「‥ん?」

膝の上でiPhoneが震えている。そうして出てきた文字に、私は吐いた息を吸い直した。

"今日の夜迎えに行くからどっか2人で食いに行かねえか?"

嬉しくて仕方はないけれど、唐突に始まったお付き合いにまだあまり心が追い付いていない。‥それを勘付いて烏養さんは誘ってくれているのだろうか。ちらりと周りを確認しながら、隠れて返信を送ることにした。

"本当ですか?行きたいです"
"了解。今日コーチやってるから終わったら連絡するな"

え。コーチってことは、もしかしたら学校まで行けばコーチ姿が見れる‥!?そう考えて、慌てて今までの烏養さんのメールを読み返す。確か、どこの高校だったか前に教えてくれたはず。いつのメールだったっけ、どの会話だったっけ。

「‥烏野高校‥‥」

烏野高校って近所。割と近所だ。行ってみたい、駄目かなあ‥。私は地元が宮城ではないので地理感覚はそんなになかったが、iPhoneのアプリでマップを見る限り全然歩いて行ける距離だ。ここから家まで誰かに送ってもらって、烏野高校に行ってみようか。‥いや、でも学校って勝手に入っちゃ駄目だったような‥。

「‥‥っと、ゆかり!ゆかり!?聞いてる!?」
「えっ、あ、ごめん、なに?」
「もうー、準備出来たってば。何携帯見てニヤニヤしてんの!」
「し、してないけど」
「いやしてた!!‥って、じゃなくて!ゆかりの意見聞きたくて来てもらったんだからちゃんと聴いててよ?!」
「ん」

ゆかりが戻って行くのを見計らって、烏養さんにメールを送る。

"私、烏野高校まで行きます"

なんて返ってくるだろうか。わくわくしながらも1度iPhoneを鞄に仕舞うと、持ち歩いている録音機器を取り出した。

2017.05.06

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