「うお、‥キミ可愛いねー。よかったら今からお茶しない?美味しい所知ってるんだけど」

ナンパだこれは。しかも荒手。若干引き気味だった私の掌を無理矢理掴んで、逃げ場を与えない感じ。ぞわぞわする。あと少しで烏養さん迎えに来るのに、なんてタイミング悪いの。

「あの、私人と待ち合わせ中なんで‥手、離してくれませんか」
「え?そうなの?ほんと〜?」
「ちょ、やだ‥!」

ちょっと近い!この距離感は流石にあり得ないでしょ!?無遠慮にぐいっと引っ張られて、慌てて男の胸板を押し返した。その拍子に地面に尻餅をついて、鞄の中身が散らばる。‥やばい、楽譜と、新曲のCD‥!慌ててかき集めながら、男を睨みつけて拳を握った。

「ちょ、俺のせいじゃないっしょ‥?なに、音大生?曲作ってんの?へえ〜‥」

本能的に嫌だと思った。次に触ってこようとしたらぶん殴ってやる。そう考えていると、男の手が伸びてきーー

「テメェ何やってんだコラアァ!!!!」

声。烏養さんの声だ。その声の方向に振り向けば、凄い形相で走って来る彼の姿。‥怖っ!私でも怖いと感じる程である。目の前にいた男は一瞬にして青ざめると、慌ててその場から走って逃げていった。逃げ足速すぎかよ‥唖然としていると、今度はがっしりと両肩を掴まれて、目の前にドアップの烏養さんが現れた。

「ワリィ、遅くなった!!大丈夫か!?」
「あの、はい‥び、吃驚した‥」
「仕事してた所まで迎えに行くべきだった!!なんもされてないか?!怪我は!」
「ない、ないです‥尻餅ついちゃっただけ‥」
「そ、そうか‥!いや、マジビビった‥‥なんか口論してるっぽかったから‥‥。ナンパ?」

ナンパ、ナンパなのかな‥それにしては無理矢理感が否めなかったけど‥。

「多分‥」
「あー‥ほんとほっとけねえなあもー‥‥‥今日、どうする?行くか?飲み会」
「っな、行きます!私今日の為に必死に頑張ってたのに!!」
「‥‥」
「え。‥‥だって、あの‥‥え‥?」

彼のキョトン顔を見て、私も思わずキョトンとした。あ、あれ‥?な、なんか変なこと言った‥?言った‥のか‥?それに気付いた途端ぶわわと掌から汗が噴き出して、自分の言葉に驚いて口を隠す。そして同時に、烏養さんの携帯が鳴った。

「ちょ、わり‥はいよ、俺」
『おーいまだかよ!こっちは準備万端で約1名出来上がってんだ‥嶋田うっせー!!離せ、』
「‥あー、たっつぁん、もうちょいかかるから。あとよろしく」
『繋心マジ頼むぞ!!あっ!クソやろ、』

問答無用に通話消したぞこの人。それより、随分騒がしかったなあ。さっきの声の人が、烏養さんのチームメイトか。

「立てるか?」
「あ、‥は、ちょっと、待ってくださ‥」

立てるかの声に、立とうとしたが足が竦んで立てなかった自分の足が憎い。‥もうやんなっちゃう。かき集めた譜面やCDはぐしゃぐしゃに鞄の中へ突っ込んであるし、多分顔がビビってブサイクだし、テンションはガタ落ちだ。

「鞄貸して」
「え?あの、」
「よっと」
「ぎゃあ!!?」

浮いた!!体が浮いた!!そして驚く程に近くなった顔の距離。何やってんのこの人心臓が破裂するんですけど!?お姫様抱っこって、普通結婚式とかでするもんじゃないんですか!!そんな問いには誰も答えてくれない。行き場のない私の腕よ可哀想に。心臓がばくばくとしていて、とにかくこれ以上緊張していることがバレないように縮こまっていると、頭上で笑う声がした。

「ちゃんと食ってんのかよ。軽っ」
「食べてますよ!昨日もオムライスとオニオンスープ食べました!」
「真面目か」

ねえ、周りがガン見してるの気付いてる?私だけ恥ずかしいとか、酷い。そんなことを思いながら軽トラの助手席に乗せてもらって、やっとお姫様抱っこから解放された。もうやだ外歩けない‥。運転席に乗り込んだ烏養さんの横顔をちらりと盗み見ると、耳だけ真っ赤に染まっていた。‥何よ、恥ずかしかったんじゃん。‥‥なんだかとっても嬉しいんですけど。

2017.03.24

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