「Aメロ入ると途端にグルーブなくなるな‥」
「だからバックのギターが刻み過ぎなんですよ。ハットとちぐはぐじゃないですか‥ノリたくてもノレないですって」

烏養さんとの約束の時間まであと30分。なんとしても終わらせたい。撮り終えて最終段階のマスタリング中、Aメロだけが気になるからと声をかけてきた、今回レコーディングをしているバンドの担当マネージャー。いや制作過程でも言ったよね?カチンとしながらキーボードを打つ。爆弾落としたらキレる。

「ここ、どうにかなる?」
「まずギターの音がAで必要ですか?ピアノだけで充分だし、Bから入れば音の広がりもっと出ると思いますけど」
「うーん‥」
「勿体無いですよ。折角ピアノの音色も同期と合って綺麗なのに」
「まあ水城ちゃんがそう言うんだったらそれでいくかあ‥」

しめた。余計なこととか言いださなくてよかったと、ほっと胸を撫で下ろした。これならあと15分くらいで終わる。時間通りに飲み会に行ける!カタカタとキーボードを押して、ああでもないこうでもないと話し合いながら音圧の調整。そして、最後の保存キーでガッツポーズをした。もう本当嬉しい。早く烏養さんに会いたい、会いたい!必死になることジャスト15分である。

「水城さん、今日もありがとうございます」
「いやとんでもない。CD売れるといいですね。頑張ってください」
「お前ら次のライブのセットリスト決めがてら飯行くぞ!あ、水城ちゃんもどう?奢るよ」
「あー、私はパスで。先約ありまーす」
「嘘!ゆかりさんもしかして‥‥彼氏?彼氏ですか?!えー聞きたーい!」
「マジすか!水城さんにとうとう‥!?」
「違いまーす。じゃあ片付けお任せしますので私はお先に失礼しまーす」
「えー」

面白くなーい。そうむすくれて呟いた、バンド内唯一の女の子が寂しそうだったが仕方ないのだ。ごめんね、今度仕事また一緒になったらご飯に行こう。そう言ったら目が輝いていたので良しとする。駆け足で外に出て、iPhoneを鞄から取り出した。すごい、なんか烏養さんと付き合ってるみたいじゃない?連絡先ボタンを押して、メールにしようか電話にしようか迷っていると突然iPhoneが震えた。目の前に見えた文字に慌てて通話ボタンを押す。ひゃっ、嘘、掛かってきた!

『お、出た』
「お疲れ様です」
『おう。お疲れさん』
「烏養さん、あの、今終わって、それで」
『マジで!じゃあ迎えに行くけど、近くになんか分かりやすい所あるか?まだ飲んでないから車で行くわ』
「え、えっと、‥大学バス停が近いです」
『オッケ、15分くらい待てるか?すぐ行く』

ぷつりと切れた音の代わりに、心臓が鳴り止まない。嬉しくて顔がニヤけそうだ。多分私、今年の運を全て使い果たした気がする。なによ、烏養さんあんなにテンション高い声出しちゃって。とりあえず、足取り軽く大学バス停に向かうことにした。ヘッドホンをして、さっきマスタリングしたばかりの曲をかけると、さっきより良く聞こえてきて驚くばかり。いやあ恋って怖いなあ。

大学バス停についてベンチに座り、時計を見てはきょろきょろを繰り返す。髪の毛大丈夫かな、化粧崩れてないかな。チームの人達ってどんな人だろう。何時まで飲むのかな。もわもわと色んな妄想を浮かべていると、隣に誰かの気配がした。

「オネーサン」
「ぅえ、?」
「1人?今暇?」

ちらりと横目で確認すると、茶髪でロンゲの、いかにもチャラそうな風貌の男が隣にいる。というかいつからいた。なんか男の香水臭い。喋りかけられたことに慌てて距離を取ると、その男も付いてきた。なんなの気持ち悪い。

2017.03.13

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