「髭足したら完全に旭だな」
「だな」
「え‥え‥?なんの話‥?」

ああっ、ダメダメ、この漫画は決して私のじゃないんだからね!私の筆箱から当然のようにシャーペンを出してきた澤村君の手を止める。東峰君がずんずん近付いてくるのに気付いて、慌てて漫画を閉じた。その拍子に菅原君の指も挟んでしまう。あ、謝らないもん!

「知里痛い!」
「もう漫画直す!直すから!ッヒイ!?」

アレ!?なんで東峰君怒ってるの!?ああもう駄目だ!何が怒る要素だったか分からないまま私は海の底に沈められるんだ‥!ずんずんと近付いてきた東峰君は、そのまま私の後ろでピタリと止まると、澤村君に向かって真っ白な封筒を差し出していた。中身はお金っぽい。‥‥澤村君に貢物‥?

「大地、遅くなってごめんな」
「おお。どっかの誰かさんが部活サボってた分、合宿費割り増しにしておけばよかったな」
「エッ、イヤ、その‥大地、その件に関しては誠に申し訳なかったって‥」
「冗談だよヒゲちょこ」

あれ、なんだ?なんか楽しそうだな、というか合宿費だったのか。バシバシと景気良く東峰君の背中を叩く澤村君、強い。ガクブルしてた私がなんだかバカみたいに思えてきて、本を頭の上に乗せてガードしつつそっと東峰君を見上げた。でっかいなあ‥ああっ‥でもやっぱり髭が怖い。そう思っていたらバッチリ目があった。

「アッ‥?え、えーと‥‥知里、さん?だったっけ、お、おはよう」
「ヴェッ?!お、おはようござシャス‥‥?」
「あれ?知里と旭って初対面だっけ?」
「い、いや‥スガがいつも知里さんのこと話してるし、前も一回話したことあるけど‥ちゃんとは話したことなくて‥」
「知里は漫画を頭の上に乗せてなんの防御をしてるんだ‥?」

話したことある部類に入るの?アレが?変な声が出た口を押さえて首を傾げると、そもそもなんで私の話題が菅原君の口から出るのかと疑問が湧いた。まさか私の悪口言ってるんじゃないでしょうね‥。その可愛い顔で私の悪口言うなんて信じないぞ‥。

「な、なんで怯えてるの‥?」
「そりゃ旭が怖いから?」
「エッッッ‥‥!!そ、そんな、怖くないし、あ、髭?髭はその、ちょっとワイルドになりたかっただけで、別にそんな‥」
「ああ、だから頭の防御をしてるワケか。大丈夫大丈夫、間違ってもこいつは人を殴ったりしないって。人殴ってそうな顔はしてるけどな」
「大地〜‥」

大きな背中が丸まって、少しだけ小さくなった東峰君は勘弁してよ、とでも言いたそうに気不味く顔を顰めた。他校での噂は聞いたことがある。「不良」「留年した社会人」だとか。いや、流石にそこまでは思っていないけど、ヤクザみたいだとは思っていた。‥‥あ、ヤクザが一番酷いかも。

「ス、スガと仲良しなんだね。聞いてた通り」
「仲良くしていただいてます‥菅原君重い‥」
「え、だ、大丈夫‥?」
「知里可愛いだろー。旭も前にちっちゃい可愛い子だねって言ってたもんなー。旭も後ろからガバッといってみっか?ガバッと」
「ス、スガで重いんじゃあ‥俺はちょっと‥」
「そこじゃないだろ」

その通りです澤村君。

「スガもそんなに女の子にベタベタしてたら駄目だろ。自重しろ、自重」
「大丈夫だよ、スガ君と来海の仲を疑う人なんてこの学校に存在しないから」
「日島」
「琴ちゃん、早く助けてほしかった!」
「2人、どう見たって兄妹にしか見えないし」
「なー!」

なー!じゃないよ菅原君。というかなんだか嬉しそうだな。せめて東峰君だけでも助けてくれはしないだろうか。そう思ってまた彼を見上げてみれば、少しだけ困ったように笑った。‥これは意外にも、可愛い‥‥あれ?誰かに似てる‥なんかデジャヴ。

2016.10.12

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