「終わった‥‥」

アラームの音と同時に保存ボタンを押して、ばたりとデスクの上に突っ伏した。烏養さん、10時にわざわざ家まで迎えにきてくれるらしいのだが、その待ち合わせの時間まで2時間を切っている。死ぬ気で頑張ったから、そのご褒美だな。そう考えることにしてお風呂場へと向かう。何着て行こうかな。あー、めっちゃくちゃ眠い。大体、レコーディングしてる側の楽器隊もっとちゃんと練習してよね、だからMIXに時間かかるんだよ。売り出し中の癖に楽しやがって。‥売り出し中だからか。

とりあえず、烏養さんはスカートよりパンツの方が好きな気がするから、大人っぽくドレープのワイドパンツにしてみようか‥いや、スキニーのデニムだな。それに白のロンTを合わせて、白いレースのロングカーディガンでも羽織るか。いやでもそれだったらデニムのスカートの方が‥。

「う"〜ん‥」

こんなに服装に悩むのも無理はないと思う。こんなデート的な状況、久しぶりなのだ。しかもお相手が烏養さん。年上。バレーボールのコーチ。変な格好なんてもちろんしたくないし、あわよくば可愛いと思ってほしい。女ってやつは非常に面倒だとは思っていても、そういう風に出来ている生き物なのだ、多分。

知り合いから使ってみてとプレゼントされた、使う予定のなかった頭皮オイルまで引っ張り出してケアの嵐。お肌もスラブ洗顔でばっちり汚れを落としたら、保湿まで入念にしてしまうから自分でも笑う。普段の雑さはどうした。夏でも冬でも冷水でジャバジャバ、化粧水だけつけたらとにかくパソコンに向かってる癖に。これだから恋ってやつは怖いんだ。

化粧も入念に施して、結局動きやすいからとスキニーパンツに足を通す。逸る心を抑えきれずにそっと窓から顔を覗かせてみた。‥いない。あと10分もあるもんね。いるわけがない。

「お前何やってんの?」
「うわあっ!!」

ぬっと顔が窓の外から出てきて驚いた。いつからいた。というか歩きで来たの!?いつもの軽トラ無しで買い出しとは男前な!!烏養さんが部屋の中を見渡す前にカーテンを閉めて、慌てて玄関から飛び出した。全ての準備は万端だったのに、心の準備はできていない。飛び出した先にいた、超ラフな烏養さんの姿に鞄を握りしめた。なんか言ってくれないかな。普段はバイト用のエプロンと、質素な格好だから。

「少し肌寒いけど、それで大丈夫か?」
「えっ」
「スーパーとか行くし。‥ああ、まあいいか。とりあえず行くぞー」

私の女の子らしさとは皆無ということだろうか。頭を少しだけ掻いた烏養さんは、そのままくるりと背を向けて歩き出したのだ。ショック!!頑張ったからこそ心の中で酷く落ち込んだ。いや、まあしょうがないのだ。私なんてガキなんだから‥烏養さんは大人だもの‥。

「ほら」

どうやら住んでいるマンションの反対側に止めてあったらしい軽トラ。ああ、買い出しだからやっぱり車ですよね。そしてそこから、烏養さんはばさりとデニムジャケットを差し出した。‥スキニーのデニムパンツにデニムジャケット。しかも色味が若干違うので普通なら気持ち悪さに返す所ではあるが。いやよく考えろ私、これは烏養さんのデニムジャケットだ。‥え、着ろって?

「その格好可愛いんだけどなー、風邪引かせちまったら申し訳ねえだろ?」
「‥」
「水城さん?おーい」

嘘。‥貸してくれるの?私が風邪引かないように?しょうがねえなーなんて言いながら、レースのロングカーディガンの上からデニムジャケットを無理矢理羽織らせられた。変な格好だ。けど、脱ぐ気にはなれない。恥ずかしすぎて死ぬ。いや死んだ。












「差し入れですか?」
「おー。町内会バレーの奴等にな」

メモに書いてある文字を見ながら、近くの商店街を歩く。烏野高校のバレーボールでコーチをしているからか、参加できる日数が少し減ったらしい。それに対してのお詫びの品だとか。お詫びの品という割に、お酒ががらがらとカゴに入っているのはつっこむべきか、否か。‥やめよう。なんか色々考えてると眠くなってきた。

「烏養さん、楽しそうですね」
「まあ、楽しくなかったらやんねーよな。やるだけあいつらも応えてくれるし、つーか俺よりやる気あるし。って当たり前か」
「烏野ってバレー強いんですか?」
「そりゃあお前、‥‥今丁度強くなってるとこだって。それより」
「?」
「さっきから思ってたけどもしかして眠い?」
「!?」

バレている!!?だって昨日、というか朝まで一応仕事してたんで、‥なんて言う訳にはいかない。心は間違いなく弾んでいるのだ。

「化粧で瞼が腫れぼったく見えてるからかもしれないです!!決して眠くは!!」
「いや、さっき車でもうとうとしてたから。揺れで眠いんかなーと思ってたんだけど」

目敏いな!!焦って首を横に振れば、少し考えた様子の烏養さんは、とりあえず会計済ませてくるわとレジへ行ってしまった。最悪だ私。これもしかして帰る流れ?まだ2時間程度しか経ってないのに。そんなの嫌すぎる。何か流れを変える方法はないかと思案していると、重そうな袋を2つ持った烏養さんが見えた。私のバカ!!なんも思いつかない!!

「眠いならなんか食いに行くか。朝早かったし、もう昼飯の時間だしな」

その前にこれ、車に置いてきていいか?そんな言葉に私はぽかんとしたまま、ゆっくりと首を縦に動かしたのだった。

2017.02.25

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