「で、昨日は家まで送ってもらった訳ですか」
「ちょっと、ヘッドホン返して。今MIX中」
「そんなお堅いこと言わないでよ!アンタ4年になってから前にも増して学校に来ないんだから、話すのだって一苦労なのに!」

そりゃ4年生なのに単位が留年ギリギリまで残ってる貴女とは違って学校にもそんなに来ませんよ。てかいつまで授業受けてるの笑うんだけど。全く、真面目なのはドラム叩いてる時だけですかね。溜息を吐いてパソコンの保存ボタンを押すと、一旦スリープモードにして後ろを振り向いた。クリーム色をした長髪の彼女、名前は兒嶋怜奈、只今絶賛売り出し中のロックバンド"S"のドラマーである。第1印象は聡明っぽいのに、蓋を開けたらただの音楽バカだった。それが彼女の正体。まあどうでもいい。一応、大学に入って初めてできた友達である。縁とは怖い。

「でー、昨日の話し、聞かせてよ。年上のコーチとの進展はありました?」
「ない。そもそも家まで送ってもらっただけなんだから‥向こうだって私なんかにそんな気を持つ訳ないもん」
「あのさあ、折角のチャンスをどれだけ無下にして来たと思ってんのよ。大体ゆかりは一人暮らしなんだから、男連れ込むくらいしてもいいじゃない。相手だって結婚考えてもおかしくない歳でしょ?既成事実でも作っちゃえば?」
「下品だし下世話」

何おぅ!?そう叫んで怒り出す怜奈に私は本日2回目の溜息を吐くしかない。全く、約3ヶ月前、酔いに任せて烏養さんのこと相談するんじゃなかったと本当に思う。私は相談する相手を間違えたし、あの時酒に酔うんじゃなかった。

「いやねゆかり、もう2年は彼氏いないでしょ?そろそろ枯れるよ?」
「この歳でまだ枯れないから!てか今日県民会館でライブなんじゃないの?なんでここにいるのよ、リハしてきなさいよ」
「真面目だからね」
「ああ、出席日数危ないの?ハイハイ」
「ぐうっ‥」

ぽちり。スリープモードを解除して、私は作業に戻ることにした。ヘルプの時の怜奈はとても頼りになるんだけどなあ、どうも、こういう話しの時の頭の悪さというか。まあ恋愛に限らずだけど。ヘッドホンをして、ふとデスクに置いていたiPhoneを見ると、メールの通知を知らせる受信画面。ああもう!作業進まないじゃん!こちとら明日期限の音源なのに!

「っえ、」

烏養繋心さん。まさに思い人の名前のそれに、驚く程女子っぽい声が出た。なんで、今日バイト入ってたっけ?いや、入ってたなら電話してくるよね。いそいそと席を立つと、クエスチョンマークを浮かべた怜奈がこちらを見ていた。お願いだからついて来ないでよ、駄目だから。

「?どしたの?」
「ちょっと抜ける。ついでだから、その音源聴いてみて。まだほとんど終わってないけど」
「えー」
「それ、"アカネ"の新曲。まだ極秘」
「ほんと!!?聞く!!」

チョロい。わくわくしている怜奈の顔を見ながら扉を閉めると、ドキドキしながらiPhoneを出した。烏養さんのメール見る時、酷くニヤついているらしいから困ったものだ。

"お疲れさん。明日まだ予定入ってないか?"

メールを一目見て判断した。これは、明日バイト出れるかという内容だ。絶対。明日‥暇、だけど、多分暇じゃない。だってさっきの新曲、締め切り明日だし。今日だけじゃ絶対終わんない。これ確実。バイトには出たいし烏養さんにも会いたいけど、締め切り間に合わなかったらマズイ。‥だがしかし、理由をまず聞いてみることにした。

"お疲れ様です。シフト調整でしょうか"

送って気付く。なんて可愛くない返信だ‥!!後悔してももう遅い。フユン、という頼りない独特の音が、返信が完了したことを知らせてくれたからだ。最悪だ。クエスチョンマークぐらい付ければよかった。

「はや、」

ピコン。ものの数秒だった。返信が返ってきたのだ。あんな可愛くもなんともないメールにこの速攻攻撃。やはり烏養さんは優しい。‥それか、別にメールでの文章なんて然程気にしていないだけかもしれないけど。

"買い出し付き合って"

「うっ‥‥わあ!!?」

驚きすぎて、その拍子に何もない所で転けた。しかもiPhoneも落としたし!慌てて拾うと、割れてないか確かめて、もう1度メールの内容を確認する。買い出し‥買い出し付き合って‥‥?

「‥なんのご褒美?」

そう言いながら、私の指は迷わず同意の5文字をスライドさせていた。なんて単純。とりあえず、今日はもう徹夜確定だ。バカなのは私の方かもしれない。

2017.02.23

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