ピロリン。そんなラインの通知音が鳴ったのは、横断幕を潔子ちゃんと一緒に綺麗にした翌々日の夜だった。ご飯は肉じゃがとほうれん草のお浸しと里芋の味噌汁で、腹8分目というよりは満腹で、このまま布団に寝っ転がってしまえばあとはなんかもう想像通りになるからと自室の机に向かったまさにその時である。

「いだ!!」

ああ、そういえば今日最終回のドラマ見忘れてたなあと思い出しながらiPhoneを手に取って、画面上の人物の名前を見ると驚いて椅子の背もたれに強く背中を打ち付けた。ちょっと待って、急にどうしてラインを送信してくれたんだろうか。浮かび上がる文字は東峰旭、その人だったから。私は食べた夕食が一気に出そうになってしまった。出るわけはないけど。

「‥う、嘘、うそうそうそ、」

ガタンと椅子から立ち上がって、iPhoneを一旦机に置いたままうろうろと3分程。内容を確認する為に震える指でボタンを押そうとまた席に座る。なんだろう、あの日の、カラオケの時の話の続きだったりして、というか、だったりするのかな‥。意を決して東峰君からのラインをぽちりと押すと、3件の表示があった。3件。さんけん。‥いきなり3件も、ラインを!

"こんばんは、東峰です"

その後に続く、にへらと緩く笑ったウサギがぺこりとお辞儀をするスタンプが。‥意外、東峰君ってこんな可愛いスタンプ使うんだな。やっぱり可愛い人だなあと思っていたら、3件目のラインは少しだけ長めの文だった。内容は例の横断幕について。潔子ちゃんに、私も手伝っていたということを聞いてお礼を言おうと思って、‥‥とのことだった。別にそんな。私は個人的に手伝いたかっただけであって、お礼を言われたくてやった訳ではないのに。

" -- ありがとう、嬉しかったよ"

最後の文、頭に浮かんだのは東峰君の優しい笑顔だった。その瞬間勝手にかぁと顔に熱が集まるのが分かって、衝動的に頬を両手で挟んだ。

返すべき、分かってる。でもなんて返そう、難しい。こういう時、どうするのがベスト?皆どうするの?分からない。

「う〜‥〜ん‥うぅ〜〜ん‥」

机の前で唸っていると、コンコンという扉を叩く音で我に返って、どうやら地味に煩くしていたことに気付く。お母さんに一言苦笑いを付けて謝ると、また机の前でiPhoneを睨みつけながらスイスイと文字を打っては、何度も消した。

"こんばんは。知里です。皆のやる気に力添えできたようで、嬉しいです!"

たったこれだけ。たったこれだけの文字の為に、30分も費やしていたのに気付いて慌てて送信ボタンを押した。待ってたらどうしよう、いや、それは流石にないか。なんだかどっと疲れてしまって深呼吸をしようとした所でまたラインの通知音がした。

"よかったら今、少しだけ電話してもいい?"

「んぬ"っ」

そうきてしまったか‥!!変な声が出たけど、まだ電話はしてないから大丈夫、大丈夫だ。しかし嬉しいけど、返答に困る。一体何を話せばいいのやらと困ってる所にまさかのライン電話のお知らせが来ていた。電話してもいい?って聞くから返事がいるかと思ったら速攻かかってきた!そして少し悩んでから通話ボタンを‥‥‥押した。

「も‥‥もしもし‥」
『あ、ごめん、‥こんばんは』
「は、はい、どうもお久しぶり、です」
『ごめんね、してもいいとか聞いといて返事聞く前にしちゃったけど‥今大丈夫かな』
「ん、うん、大丈夫、」

敬語とタメ語が入り混じっておかしなことになったけれどちゃんと話せている。言葉通り、‥うん、大丈夫だ。ドキドキしてるのが電話越しで聞こえていないか凄く心配で、ぎゅっと片手で胸の辺りを握って平常心を唱えた。

『横断幕、大変だったよね。本当に嬉しかったよ、皆喜んでた』
「ほんと?こちらこそ、なんかありがとう‥」
『あんなのあったんだなって吃驚したよ。なんか凄いチームみたいだった』
「みたいじゃなくて、きっとそうだよ」

私は素人だから、ここがどうであれがああだから凄くて、っていうのは全く分からないけれど。そう単純にはっきり言ったところで彼はきっと優しいから、またありがとうって言ってくれるんだと思う。‥違うの、適当に言ってるんじゃなくて、本心からそう思っているんだよっていうのは‥‥電話じゃ伝わらないかなあ‥。

『‥知里さん』
「なあに?」
『その、ああ‥単刀直入に、言うと‥‥予選、観に来て欲しいんだ』
「え、えっ?うん、‥‥見に行くつもりでは、いるんだけど‥」
『あ、無理にじゃないから!無理にじゃないけど、‥でも来て欲しくて、知里さんに』

もちろんそのつもりだ。そのつもりだけど、まだ琴ちゃん誘えてないんだよね‥。1人で行くのは心細いから、誰か誘って絶対行くね!!‥そう気合いを込めて声を出したら、電話の奥で少しだけ笑い声が聞こえて慌てて口を覆った。

「あ‥ごめん、大声出して‥」
『大丈夫。‥‥緊張するけど、見ててね』
「うん、頑張って、勝ってね!」
『‥‥、おう!』

おう!‥だって。ガッツポーズまで見えてきそうな声のトーンに私も頬を緩ませた。とりあえず、あとで琴ちゃんに絶対連絡しなきゃ!あと、何着て行くか、何持って行くか。お母さんには友達の試合観に行ってくる、でいいよね、別にそんな言い訳変じゃないよね‥?

2017.09.28

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