あの日の休み以来、夏のインターハイに向けて男子バレー部はこちらが心配しそうな程に忙しくなっていた。東峰君と交換した連絡先は結局1度も使われることなく、今日もまた1日が終わろうとしている。こんなことじゃだめだ、とは思わない。‥思わないけど、少しだけ勿体無いなあと思っているのは事実。お昼休みに時々私のクラスまで来ることがあるけど、多分澤村君達とずっとバレーの話しをしているから邪魔はできないのだ。

「はあ〜‥‥」

たった1回ボタンをプッシュすれば繋がる電話番号も、簡単にメールだって繋がるアドレスだってある。ラインだって簡単だ。今日も頑張ってねくらいは送っていいだろうかと悩んで結局1度も送っていない。そうしていつものように図書室で1人勉強会。ぺらりとページをめくりながらぼんやりと窓際を見つめていると、なんだかぱたぱたと忙しなく駆けている潔子ちゃんが目の前を通り過ぎて行った。

「き、潔子ちゃん!」

慌てて窓際に手をつくと、静かな図書室にいるのを忘れて大きな声が出た。おっと、奥で委員会の人がむすりとしているではないか。すみません、申し訳ないとばかりにそそくさと鞄に勉強道具を入れて、潔子ちゃんが駆けて行った方向へ急ぐ。‥‥って、私は潔子ちゃんを追っかけて何がしたいのだろうか。

「来海。どうしたの?」
「あの、今走って行くの見えたから、つい‥ごめんね、部活中だよね、」
「大丈夫。ちょっとやりたいことが、‥あ」

どうやら私の声が聞こえていたらしく、ぴたりと何か大きくて黒い布を持ったまま立ち止まってくれている。それの布なんだか埃だらけだなあ、なんて思っていたのも束の間、突然何かを思いついた顔を浮かべた潔子ちゃん。

「ねえ、来海。今から時間ある?」
「え?あ‥‥うん、勉強してたけど、全部片付けちゃったから‥なに?」
「ちょっと手伝ってほしいんだけど、いい?」
「‥?」












「うわあ‥!」

だだっ広い屋上にばさりと靡く黒い横断幕。そこに大きくて力強い文字が並ぶ。「飛べ」だって。なんていうか、あれだ!

「かっこいー‥!!」
「インターハイ近いし、何か皆にしてあげたくて。‥って考えながら掃除してたら出てきたの。でも意外と大きくて‥来海が所々直すの手伝ってくれたら助かるし、皆喜ぶ」
「手伝う手伝う!」
「ありがと」

既に洗ってあるからかかなり重くて、よくこの状態の横断幕を1人で持ち運んでいたなと軽く尊敬した。2人で端っこを持ってばさばさと簡単に皺を伸ばした後、屋上のフェンスに大きな洗濯バサミを使って止める。こんなのあったんだなあ‥飛べって、なんか皆にぴったりかも。烏野だけにカラスってか。何度も言うけどかっこいい!

「最近東峰とどう?」
「へぁ!?」
「連絡先、交換したんでしょ」

なんで知ってるの!言ったっけ!?そうしたら、情報源が琴ちゃんだということが判明。もう!ゴシップガールめ!真っ赤になっているであろう顔を両手で隠しながら慌てていると、くすくすと笑いながら潔子ちゃんはもう1つ洗濯バサミを取り出した。

「東峰、最近ずっと部活終わるとそわそわしてるんだよね。急に落ち着きないの」
「え?なんで?」
「さあ。なんでかな」

いや、なんだろうその意味深発言。そうしてにこりだかにやりだか反応のし辛い笑みを零して鼻歌を歌い出した潔子ちゃんに、糸のほつれを切ってほしいとはさみを渡された。なんでかな?なんでだろう。‥もしかして私が連絡を1度も寄越さないからだろうか。‥せめてよろしくお願いしますくらいは送った方がいいということだろうか。うう‥分かんない。潔子ちゃん助けて。

2017.08.17

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