「‥‥変、かな」

結局、今日は言っていた通りにカラオケに行くことになった。誰と?そんなの昨日話していたメンバーと行くに決まっている。澤村君と菅原君、そして琴ちゃんと潔子ちゃん。‥‥忘れてはならぬ、東峰君もだ。待ち合わせ場所まであと30分はかかるけど、余裕を持って出たから時間には間に合う筈‥と、近くに鏡がある度に立ち止まり入念すぎるほどの自分チェック。

昨日の夜は雑誌を見ながら化粧の仕方だって練習したし、髪の毛だってそうだ。服だってタンスひっくり返して1番可愛いのを見つけてきた。それをお母さんに見られた時は流石にヤバイと思ったけど、何を思ったか薄く色付く新品のリップクリームを行く前に渡されたから、何か勘付いてはいらっしゃると思う‥うわー恥ずかしい。

「ドキドキするよ‥どうしよう‥」

琴ちゃんにだって化粧した顔なんて見せたことがないのに、何か言われるだろうか。ああ、お母さんのニヤニヤ顔が離れない‥やっぱり化粧落とした方がいいかなあ‥バス停の近くのコンビニで化粧落とし買ってトイレで普段の顔に戻すべきか‥否か‥でも店員さんに「あれ、さっきまで化粧してたはずなのになんで出て来たらすっぴんなんだ?」って思われたら‥どうするべきか‥?

1度も着たことのなかった、フリル袖のついた白トップスに腕を通す日がくるとは‥‥買ったはいいけど可愛すぎて着れないとか言ってたのに、恋って何を起こしてしまうか分からない。果たして似合ってるだろうか‥。

「あ、‥あれ?」
「うわわっ!?」

コンビニ5m前にして悩むこと数分、突然横の道から現れた人の声に驚いて目を開く。まだ化粧を落とすか落とさないかで悩んでいたところだというのに、タイミング悪いというかなんというか。これで必然的に落とせなくなってしまった。ちょっと落胆。

「知里じゃん。なんか、いつもと雰囲気違うと思ったら‥化粧してるのかーへえー‥」
「菅原君ってこっちのバス停遠くない?」
「ちょっと歩きたくって遠回りしちゃったんだよな。折角だし一緒に行くべ」
「あ、うん!」

にひひ、なんていつもみたいに笑う菅原君は、いつもみたいに私の頭の上に掌を乗せた。成る程いつものヨシヨシか。‥別にいいんだけど、私一応女子なんだけどなあ。つまりは私に女子としての魅力がないってことだし、‥化粧してるのになんだかなあって感じである。このままでは東峰君にちゃんと見てももらえないのではないか‥。そう考えると少しずつ不安になってきた。私の努力が水の泡に、いや空気、もしくは灰になってしまう。

「‥変?」
「ンッ?」
「化粧、変?」
「全ッ然。いやさあ、可愛いんだけど」
「けど?」
「‥どーせそれ俺の為じゃないっしょ?」
「えっ?あの、‥それは、そうだけど‥」
「ひでー傷付く」

えっなんで菅原君が傷付くんだ。よく分からないがどうやら軽く落ち込んでいるので、鞄から袋に入ったゲキカラ君スナックを取り出した。私も菅原君も、辛い物には目がない。そして最近私がハマっているお菓子がこれだ。きっと菅原君もゲキカラ君で機嫌を直してくれるはず。

「なんか、ごめん‥?これあげるから、ね」
「そんなので俺は‥‥あ、これあれじゃん。ちょっと前に出たゲキカラ君の4辛!まだ食べてなかったんだよな」
「これ前のより後引くから止まらなくなっちゃうんだ。見ると絶対買っちゃうんだよね〜」
「マジで?3辛そんなに辛くなかったから早く出ないかなーとは思っててさー!さすが知里良い仕事するなー。‥あ、ちょっと知里俺が車道側歩くから‥ってあぶな、」
「わっ」

ぐいっと腕を引っ張られてぼすんと埋められたのは、何故か菅原君の胸の中だ。車道側歩くんじゃなかったのだろうか‥?突然のことに驚き固まっていると、横を通り過ぎていく自転車に乗ったおじさん。ちらりとこちらを振り向くと、不機嫌そうに舌打ちをして行ってしまった。‥ううっ、すみません‥。

「ごめん菅原君、ありが‥」
「‥‥‥ごめんこっち見ないで」
「え、なんでっぎゃ!」

菅原君の真ん丸お目目が見えた瞬間に、大きな掌のせいで視界が真っ暗になったのが分かって慌てた。あの、メイクしてるんですけど。目隠しとかされたら崩れない?崩れない?マスカラとか掌につきません?汚れません?大丈夫?‥そう考えていた時だった。

「あんま近いと予想以上に可愛いから困る‥」
「‥‥へ?」
「‥やべっ、バス来た!知里行くべ!!」

今、‥‥予想以上に可愛いって言った?言ったよね?うん、言った。そのまま私の手を掴んだ菅原君に、転びそうになりながら走る。どうやら菅原君の機嫌は直ったらしい。だから予想以上に可愛いとか言ったのか。そっちもご機嫌取りですか。そうですか。

「ふふふっ」
「え、どうした?」
「なんでもなーい」

菅原君、ありがとう。お世辞でも東峰君と会う勇気がでてきたよ。心の中でお礼を言いながらバスに乗り込んだ。そうしてやはり、バスの窓で自分の化粧姿を確認する。‥あんまり近いと予想以上に可愛い‥‥ことはないと確信した。世の中そんなものだ。

2017.05.02

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