「来海、私今日生徒会あるけど先に帰る?」
「図書室で勉強してるー」
「分かった、終わったら行くね」

じゃあとりあえずばいばーい、と手を振って教室から離れていく琴ちゃんを見送って溜息。あーあ。菅原君には結局何も言えないまま何日か過ぎてしまった。インターハイ予選も近いし、休み時間は大体澤村君とどこかに行っているし(多分3年生だけでミーティングとかをしてる気がする)、放課後なんて真っ直ぐ体育館に行っちゃうし。いやでも、逆に下手なこと言っちゃうのもなあ。

「はあ‥」

廊下を歩いて図書室に向かう。なんか、菅原君に出来ることはないだろうかと考えてみる。考えたところで何も思い浮かばないし、考える必要もないのかもしれない。それでもやっぱりモヤモヤしてしまうのだ。

「あれ、知里さん?こんな所で何してるの?」
「東峰君‥?部活は?」
「職員室行ってて今から行く所。あ、もしかしてまた図書室?」
「う、うん‥」
「?あ、‥なんかあった?」
「え?いや、あの‥‥」

何もない。そう言おうとしたけど、菅原君のことを聞くなら今がチャンスかもしれないと口籠る。ちらりと東峰君の顔を見ると、私が話し出すのを待ってくれているらしい。時間がないはずなのに優しいなあ、もう。そう思っていると、控えめに手を握られて引っ張られて吃驚した。‥急に血流が良くなった気がする。

「別の場所行こう」
「へっ‥!?だ、だめだめ、また今度にするから!部活もあるでしょ!?予選も近いし!!」
「そんな顔してる知里さんのこと放っておけないよ。少しなら大丈夫だから。それとも、」
「?」
「‥俺じゃ頼りないかな‥」

彼がしょぼんとする顔を見て慌てて首を振った。そんなことあるわけない、むしろ有難いくらいなのに。そんな顔を見ちゃったら、なんだか甘えた方がいい気がしてきた。‥ついでに言うと、東峰君と話せる機会ができて、本当はとても嬉しかったりする。私不謹慎だなあ‥。

「そんなこと!じゃあ‥ちょっとだけいい?」












「完全に考え過ぎだと思うよ」

菅原君がスタメンじゃないことを知らずに勝手にはしゃいで、菅原君を傷付けたかもしれない。ただそれだけを簡潔に伝えたらコンマ数秒で返答が返ってきた。考え過ぎなんてとんでもない、目に見えて悔しそうだった菅原君を見たらそうは思えなくて。階段の端に座って、隣の東峰君がおかしそうに少し笑う。

「スガは大丈夫だから。確かに影山に対して悔しいとは思ってるだろうけど、そんなことで部活嫌になったりすることは絶対ないし、試合に出ること諦めちゃうような奴じゃない」
「うん‥」

そう、だよね。無理矢理納得するように笑い顔を作ると、今度は東峰君が少し苦笑いをした。

「‥って、実は俺も大地も少し心配だったけど、合宿の前からスガに話は聞いてたし」
「そうなの?」
「うん。だからスガは大丈夫。それに、知里さんがスガのことで思い詰めてるなんて知ったら、逆にスガが心配するよ?」
「うっ‥」
「‥そうだ。今日見に来ない?今の部活の様子。スガが本当に大丈夫かどうか確認したら安心するんじゃないかな」
「‥‥いいの‥?邪魔じゃない‥?」
「邪魔なんかじゃない。皆大歓迎だよ」

嬉しいお誘いに、私の頬はゆるゆると崩れていく。優しく笑った東峰君は思い出したように握っていた手を離すと、慌ててポケットからハンカチを出して私に差し出した。女子か。「汗で湿ってない!?」って、別に‥東峰君のなら構わないもん。出来ることなら、もう1回手を繋ぎたいくらいだ。‥分かってはいたけど、やっぱり手、大きいな。彼が顔を反らしているうちに、私はどきどきしながら繋がれていた掌をそっと自分の頬っぺたに添えた。

2017.04.04

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